++ダブルスカウト/渡辺みのり、プロデューサー




※みのりさんのお店の学生バイト



 今月末で閉店します。長らくご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
 店先に貼ってあるのは、店主みのりさんが書いたその文言。その今月末というのもあと数日というところまで差し掛かっている。本当に閉店してしまうんだなあ、そう思うと何とも言えない気持ちになる。みのりさんがアイドルになるからお店を畳むと言ったそのときは、商店街中の人が驚いたものだったけれど、彼の新たな夢への第一歩を踏み出したというのならばこちらとしても、とても喜ばしいことだ。ただ私の次のアルバイト先がまだ決まっていないというのは、彼を送り出すにあたって非常に複雑なのだけれど。

「名前−、それ終わったらちょっとこっちに来てー」
「はーい!」

 店のガラス張りのドアを少し開けてみのりさんが言う。私はそれに返事をしながら、エクセルで昨日の売り上げの確認をしていた。
 カタカタとタイピングをする音が店内に響く。みのりさんのお店で働き始めて早半年経つので、入力作業も慣れたものだ。先月ようやっと塾講師のアルバイトを辞めてここ一筋でアルバイトを頑張ろうと思った矢先のことだ。私自身も驚きに驚きまくっている。彼からその話を聞いたときに目が飛び出そうになったし、素でまじですか、と口走ってしまうほどには。ここは、ちゃんと残業代もらえるし、あとみのりさんも優しいし、花に囲まれて心も癒やされるし、大学からも借りている部屋からも近いし、最高のアルバイト先なのだ。
 新しいタブに、既にみのりさんが入力した数値と自分の入力した数値の引き算をする。こうすると間違えている部分はゼロ以外の数値になるのだ。計算間違えていないといいなあ、と思っているとぴったり全てゼロになったので小さくガッツポーズする。サインアウトして店先に向かう。

「──みのりさん、終わりましたけどー」
「ちょうど良かった!」

 みのりさんと、あと一人誰だろう。長い黒髪を結った、スーツ姿でサスペンダーを着けているから男性なのだろうか、いやでも女性にも見える。中性的な人だ。みのりさんと二人で立っているとあまりの美しさにちょっと卒倒しそうになる。
 あなたが名前さんですね、その声でようやっと男性であることが分かった。私は、はい、とどうして私の名前を知っているのだろうと不思議に思いながら返答した。

「あ、失礼しました。わたくし、こういう者です」
「は、はい」

 慌てて彼が名刺を差し出したので、それを受け取る。315プロダクションプロデューサー、と書かれている。何か聞いたことがあるなあ、と思って隣に居るみのりさんの顔を見ると、自分自身のことを指さしたので、ああ!、と独りでに納得する。彼の所属することになった事務所だ。
 しかし何故目の前の彼が私の名前を知っていて、それにみのりさんから前々から話を聞いていたのだろう。釈然としないまま首を傾げていると、彼が矢継ぎ早に尋ねてくる。

「名前さんは事務処理等の経験がおありなんですよね」
「はい。簡単なものなら。ここでエクセルやワードを使って売り上げの確認や書類の作製はしています」
「資格や免許はおありですか?」
「一応普通自動車免許は……」
「しかもマニュアルだし、俺譲りのハンドルさばきだよ。品出しのときはお世話になってる」
「えー、絶対みのりさんより丁寧ですよ」
「さてどうだか」

 ね、プロデューサー逸材でしょ?、とみのりさんが彼に言う。確かにこれほどぴったりの方もいらっしゃらないかもしれませんね、と彼が続いた。

「実は、315プロダクションなのですが、まだまだ出来たばかりの事務所で。プロデューサーが一名、アルバイトの事務員が一名、それに対して所属するアイドルが十九名と大所帯でして。常に慢性的な人手不足で、この度事務員を一人増やそうかと話をしていたのですが……」
「は、はあ」

 二人に対して約その二倍か、大変そうだなあ、だなんて他人事のように思う。実際他人事だ。一人増えたとしても三人、それにしたって大変そうである。ブラックそうだ、と賃金が出ない予習と授業終わりの生徒からの質問ですっかり辟易としていた塾講師のアルバイトを思い出してぶるりと震えた。正直もうやりたくない。

「その、先日その話をしていたら、渡辺さんがいい人が居ると紹介してくださって。名前さんはまだ、次のアルバイトが決まっていらっしゃらないんですよね? よろしければ、うちのプロダクションで事務員のアルバイトをされませんか?」
「……え?」

 手持ち無沙汰に持っていたボールペンがぼとりと地面に転がり落ちる。隣のみのりさんにそんな話は聞いていないとぱくぱくと口を動かすと、事務所学校からも部屋からも近いしいいと思うよ、だなんて暢気なことを言ってのけたので私は思わず頭を抱えてしまった。学生ということも考慮してテストやレポートの時期は、時給は、仕事内容は、心配そうにしている私を見かねた彼が、そんな言葉を連ねていく。聞いている限りものすごく好条件だ。うわやりたい。悪い話じゃ無いでしょ?、とみのりさんが私に尋ねる。それに首を縦に振ると、目の前の彼の雰囲気が華やいだように感じられた。説明だけでは不安なこともあるでしょうし、実際事務所に見学していただくのはいかがでしょうか、と彼が言う。お給料のことだとかこれからアルバイトを探す労力だとか、それと彼の話が頭の天秤に掛けられて、ばん、と大きな音を立てて、前者が遠く彼方に吹っ飛んだ。こんな良い条件のアルバイト先なんてまずない。私が頷くと、日はいつにしましょう、いつでも、今日にでも構いませんよ!、と彼が喜んでいる。先ほどまで他人事だったのに、今まさに他人事ではなくなってしまったのだった。









20171124



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