++二人だけのひみつにしよう/神谷幸広





 最近、楽しみにしていることがある。一つはお昼休みにチョコレートを一つだけ食べること。二つ目はお風呂に入りながら好きな音楽を聴くこと。そして三つ目、これが一番特別。週に一回だけ、自分へのご褒美に、三駅離れたカフェに足を運ぶこと。



「この時期は冷え込みますから、そうだな、ジンジャーオレンジティーはいかがですか?」
「それにします」
「かしこまりました」

 少々お待ちください、彼が言う。
 お昼も終わって午後三時を過ぎた頃。お昼ご飯時には賑わうけれど、この時間になるとお客さんの数もまばらになる。
 最近よく足を運ぶようになったカフェパレードという可愛らしい名前のカフェ。お店の外観や内装はもちろん、ちょっとした小物にも、お茶にもケーキにもこだわった最近見つけた素敵なお店だ。たまには外に出て散歩でもしてみようと思い立って、このお店を見つけたのだった。
 窓際の角っこの席、そこが私の特等席だ。このカフェに足を運んでいるのは、申し訳ないのだけれど単純にケーキや紅茶が美味しいから、というわけではない。もちろん美味しいのだけれど、一番の理由は、彼が居るからだ。淡い髪色と同じく淡い色をした目。少しお話する機会があるときは、穏やかな声で、いつも優しげに視線をこちらに向けてくれる。彼自身は誰にでもやっていることなのだろうけれど、その光景が酷く鮮明に記憶に残るし、彼と話すときにとくんと心臓が跳ねるので、私は彼に恋をしているのだと思う。なにぶんこんな甘酸っぱい恋は本当に久方ぶりなので、私自身もだいぶ困惑している。
 前回の反省として、もうちょっと積極的に話すということ。相鎚だけではなく、質問をしたり会話に繋がるようなことを言ったりすること。お客さんがあまり居ない時間を狙って来ているのも、実は彼と長く話したいから、という下心があるからだったりする。お昼時の忙しいときは、たぶん学生と思われる可愛らしい女の子や男の子が接客をしていて、彼と話す機会が限られてしまうのだ。

「──おまたせいたしました」

 本日のケーキの、レアチーズケーキとハーブのパンケーキと、ジンジャーオレンジティーです。
 ことん、とテーブルに置かれていく。オレンジの香りがふわふわと鼻先まで漂ってくる。お皿やティーカップも可愛らしくて、幸せだなあ、だなんて見ていると、彼がご説明させていただきますね、と言った。

「まず始めにジンジャーオレンジティーから。先週いらっしゃった時に、最近指先が冷たくなってきた、とおっしゃっていたので、おすすめさせていただきました。あれからお風邪引いていらっしゃいませんか?」
「はい、大丈夫です」
「それは良かった。甘みが足りないようでしたら、はちみつを混ぜてお召し上がりください。はちみつは、癖の少ないとちのはちみつを使用しております」

 ちょこん、とトレンチに乗ったはちみつもテーブルの上に置かれる。
 次にケーキのことについて、緊張もせず弾んだ会話が出来て、私は心の中で小さくガッツポーズをした。今までで一番違和感なくお話しできたかも。そのまま今日は少し寒いですね、うちのパティシエが冬のものを使ってケーキを作ると意気込んでいて、そんな他愛の無い話をいくつかした。近所に住み着いている猫の話の途中で、すみません、という声がかかって、このお話はまた今度、とでも言うように彼が微笑んで会釈する。
 今日はたくさんお喋り出来たなあ、そんな風に思いながら、再びお茶を飲む。このお茶、好きな味だ。彼が選んでくれるお茶はいつも美味しくて、私好みの味で、いつもどうして分かるんだろうと目を丸くしてしまうのだけど今回も例に漏れずそうだった。帰り際に茶葉を買って帰ろう。
 彼が接客している姿を目で追ってしまう。今日も素敵だ、と思いながら最後の一口になったケーキを口に含んだ。幸せな時間だった。今週も頑張ろう、と自分を奮い立たせる。
 あまり長居をするのも申し訳ないので、いそいそと席を立ってお会計に。すると気が付いた彼がレジに立つ。最後まで彼の姿を見ることが出来るなんてなんて幸運な日なんだろう。彼が伝票を見ながら、お会計は、と言う。お財布を見るとちょうどお金があったので、その通りに渡すと、レシートのお返しです、と彼が掌に乗せてくれる。なんだか二枚紙が重なっている?、不可思議に思って、下の方を見遣ると、レシートよりも硬質な紙があった。何だろうと思って彼を見上げると、しーっ、と唇に指を当ててあとでご覧ください、と笑った。お待ちしております、と彼がにこりと微笑んで手を振る。それにごちそうさまでしたと会釈をして、歩きながらその紙を裏返すと、彼の名前と電話番号、メールアドレスの走り書きがあって思わず目を見開いてしまう。お待ちしております、ってそういうことか、と顔が独りでに赤くなった。どうしよう、途方もなく嬉しい。
 
 



 


お題箱より、神谷幸広目当てでカフェに通い詰めるお話


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