++春に生きる/冬美旬、榊夏来


 名字名前という人物についてはよく知っているはずだ、とは自分では思っている。それこそまだ立ってすらいなかった幼い頃からの知り合いである。家が近所で、親同士も同じころに生まれる子供と言うことで仲が良かったということもあるのだろう。なんなら僕とナツキ、名前は生まれていないまだお腹にいる頃から顔を見合わせていたと言っても過言ではない。彼女は親の趣味だと不満気に言ったことがあるが、さらさらの黒髪に白い肌は名前にとても似合っているし、僕とナツキを真似して習い始めたフルートも、ワンピースの制服に惹かれたのだと女子高に通っているのも、典型的なお嬢様然としている。端から見れば深窓の令嬢である彼女だが、実際は一筋縄ではいかない、時折、傍若無人というか突飛な行動をとる。例えば、本当にいきなり何の脈絡もなく腰まであった髪の毛をばっさりと切ったりだとか(このときは流石に彼女の両親が目を白黒にさせていた。彼女曰く手入れが面倒なのだと言う)、家出で本州の最南端まで行ったりだとか、飲まず食わずで図書館に入り浸っていたりだとか。とにかく彼女にまつわることであると話すときりがない。それをナツキよりもずっと飄々とした顔でやってのけるのだから、ある意味ナツキより質が悪い。今回もそうだ。

「ナツキ……」
「これって、」

 スマートフォンを買い与えられた頃から、三人だけのグループトークがある。普段はあまり使わない。たまに三人で勉強をするときだとか、可愛らしい動物を見つけたらたまに動く程度。今日はテスト期間も近いと言うことで三人で勉強会をしようという話になったのだった。互いに苦手な科目は教え合えるので助かる。名前は朝のうちに駅方面に用事があるのだと、途中参加する旨を昨夜言っていたばかりだった。
 トーク画面には、駅にいる。助けて、とのメッセージ。どうかしたのか、とメッセージを打っても既読が付くばかりで何も来ない。いつも彼女は言葉が足りないのだ。名前から助けを求められたということで仕方がない。行くか、と二人重い腰を上げる。

「どうしたんだろうね……?」
「さあ。名前のことだからね」

 昔からなにかととばっちりを食らうのも僕らだった。コートの中にスマートフォンだけ入れて外に出る。
 駅に向かう間もスマートフォンをちらちらと見るが、彼女からの返信が来ない。ようやく駅に着いて、二人できょろきょろと辺りを見回す。あれじゃない?、ナツキが指さした先を見る。長かった髪の毛が短くなっていて全然気が付かなかった。何人かの男に囲まれてあれこれ言われているように感じる。彼女はつんと澄ました顔でスマートフォンを眺めていた。二人顔を見合わせる。昔から名前はよく絡まれるのだ。今回もそれかと肩を撫で下ろす。とにかく本当に差し迫ったことじゃなくて良かった。いやこれもあまり良いことではないのだけど。

「――名前」
「旬」

 前回は俺がやったから、と暗黙の視線がナツキとの間に飛ぶ。どちらにしてもこういう役回りは不得意なので押し付け合いになるのだ。はあ、とため息を吐きながら彼女の名前を呼べば、表情が柔らかくなった気がした。

「もっと詳しく言えって」
「ごめんね。でも旬なら見つけてくれるかなって」

 彼女が腕をするり寄せる。それに慣れた動作で組んだ。名前の周りに囲んでいた男たちは彼氏持ちか、と舌打ちしながら去っていく。

「名前、髪切ったんだね」
「うん」
「似合うよ」
「ありがとう。……旬は、どう思う?」

 男たちが去ったのを確認して組んでいた腕を離す。三人で歩くときは名前が真ん中に入る。というのも声が通りにくいのだ。

「似合うと思うけど、随分と切ったんだな」
「鬱陶しかったから」
「またお母さんから驚かれるんじゃないか」
「そうかも。言ってないから」

 ふふ、と笑いながら耳元をかき上げた。耳たぶに、ハイジョーカーモチーフのピアスが着けてあって目をまん丸にしてしまう。

「それ……」
「着けたくてあけたの。髪の毛も長いと似合わないかなって」
「名前って、たまにすごいことするね」
「秘密にしてね」

 昔からこういうところがあると思っていたけれど、まさか今になるまで驚かされるとは思わなかった。はあ、と思わずため息を吐く。





お題箱より。クールで清楚なお嬢様系女子に翻弄される冬美旬
20180217


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