++意外と悪くない/山下次郎


 あのときせめてチョキを出していれば、そう後悔するがもう遅い。
 じゃあよろしくー、と千円札を何枚か握らされて向かうのは近場のコンビニ。すでに出来上がっている空間に、こたつまで準備してくれちゃって暖かい空気に慣らされた身としては、冬の凍えるような寒さは厳しいものだった。なんなら外に出て行かなくても、部屋のドアを開けて廊下に出た時から寒くて凍え死にそうだった。ううさむ、としっかりとコートを着込んでマフラーまでつけて向かう先のコンビニに行って何をするのかと言えば、宅飲みで足りなくなったおつまみ酒類の調達、もといパシリである。
 とりあえずビール買って、日本酒もいるかな、ぽんぽんと籠に目当てのものを入れるとどんどん重さが増えていく。これはもう一人くらい買い出しに欲しかった、と思うけどあの出来上がった空間で足元がきちんとしている人なんてたかがしれている。家主の渡辺さんなんてもう笑い上戸になってたし、天道先生なんてふわふわしてたし、るいなんてはざまさんの膝借りて寝てたし、はざまさんも机に突っ伏してたし。気の知れた仲間内で飲むと言うだけあって遠慮なんて無いようなものだった。飲む方も酒の肴的な話にしても。正直かなりえぐい話もした。そういう話を振ってくるのは大概渡辺さんなんだけどね。過去の恋愛遍歴とかまあ色々。

「――うわあ」

 聞き馴染みのある声がして思わず顔を上げる。その相手はそそくさと踵を返して立ち去ろうとしていたけど後姿ですぐに分かる。名前ちゃんだ。

「いやいやそんな避け方されるとおじさんすごく傷ついちゃうんだけど」
「どちら様でしょうか……」
「白々しいでしょまったく」

 肩が細い。そりゃあ名前ちゃん女の子だし。名字名前、俺たちをスカウトしたプロデューサー。普段はスラックスで出来る女って感じの名前ちゃんだけど、今日は幾分かラフな格好だった。カジュアルなコートに黒のスキニー。たぶん上着は部屋着。だぼっとしたパーカーで俺たちのグッズだ。素足なんだろう。スニーカーからは生白い足が覗いている。我ながら瞬時にそんなことが確認できる自分が気持ち悪い。期間限定のスイーツ片手に顔を隠しながら、もう絶対に会いたくなかったと名前ちゃんが言う。

「もうなんで次郎さん居るんですか……」
「渡辺さんとこで宅飲み」
「くっそー、運悪い」

 女の子がそんなこと言わないの、名前ちゃんが持っていたスイーツを籠の中に入れる。えー、ありがとうございますー、と彼女がいつもより覇気が無い声で言った。

「もう深夜ですけどそんなお酒飲むんですか」
「集まってるメンバー、明日オフか午後からだから問題なしかな」
「誰いるんです?」
「俺と、はざまさんとるいと、渡辺さんと天道先生と、葛之葉さんと……」
「うわたくさんいる」
「名前ちゃんこそこんな夜に食べていいの?」
「いいんですよたまには。あ、これ美味しいです」
「じゃあ入れようかな」

 名前ちゃんがチーズのおつまみを指さしたので籠の中に放る。仕事以外でこうやって彼女の横に並ぶのもまずない。しかもラフな格好の、なかなかお目にかかれない彼女の姿を見られたと言うのも良い。横をちらりと見ると、目をぱちぱちと瞬かせる彼女の姿だ。長いぱさぱさとしたまつ毛が縁どられている。パシリもとい買い出し係に命じられたのも悪くない。

「でもそのメンバーで飲んでるの面白そうですね」
「来る? ここから近いけど」
「話えぐそうなので止めときます」
「確かにねえ」

 ぴっぴ、と籠の中に入ったものが清算されていく。名前ちゃんが千円札を出しかけたけれど、いいからとそっと制す。まあこれも俺のお金じゃないんだけど。レジ袋を持って、お店の外に出る。息が白い。
 どうやら方向が同じのようだった。私真っすぐです、と信号の先を指さす。それに俺もそっち、と言う。

「こんな夜中に女の子が歩いてちゃだめじゃない? 名前ちゃんちってここから近いの?」
「一駅ぐらい先です」
「遠っ! 送ってくよ」
「え、いいですよ。そんなすぐですし、あと盛り上がってるところ申し訳ないですし」
「最近不審者すごいでしょ? 大人しく送られてください」
「……はーい」

 ありがとうございます、と彼女が何か持ちましょうか?、と尋ねる。それに持ってくれるよりこっちの方がありがたいかな、と彼女の手に自分の指を絡めた。冷たさに驚いたのか、名前ちゃんの肩がびくりと跳ねる。冷たい、と恨めしそうに呟くと、自分のコートのポケットに俺の手を入れる。それに驚いて目をまん丸にしていると、こっちの方が暖かくないですか?、と彼女が笑んだ。
 名前はプロデューサーだし、一人に構っていられるわけじゃないから、インパクト残すのも大切なんじゃない?、そう言った渡辺さんの言葉が脳裏によぎる。これでちょっとぐらい意識してくれればいいんだけどなあ、そんな下心が彼女には気づかれているのか否か、俺にはちっとも見当がつかない。



お題箱より。深夜のコンビニでバッタリ会う次郎ちゃんとP。 Pの仕事以外での様子に初めて遭遇し、しかもコンビニに行くだけのラフなPを見た山下次郎の反応。
20180217


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