++ある休日/握野英雄


 英雄とは家が近所同士の、幼い頃からの付き合いだ。世間一般で言ういわゆる幼馴染という関係だと思う。ベタだけれど作りすぎた煮物や親戚から送られてきた果物のおすそ分けのためにお互いに家に行き来してたし、なんなら漫画の貸し借りのために遠慮なくお互いの部屋に出入りしてたし、というか私の部屋と英雄の部屋が隣同士で二階からバルコニーから身を乗り出してゲームの対戦なんかもよくした。小中高呆れることに全て同じでテスト勉強もひーひー言いながら一緒にしていたし、学校の帰り道もなんだかんだ一緒に帰っていたような気がする。私は仲のいい兄弟ぐらいにしか思っていなかったのだけれど、彼の方はどうやら違ったらしく、高校卒業式の日に、ずっと好きだ、と言われて目が飛び出るほど驚いた。よもや高校の卒業式、まさか言われるとは思わなくてその当時は沈黙した。その間頭の中では、彼が私に好意を持っていることにまったくもって気が付かなかったし、好意を持っていた相手を自分の部屋に軽々しく上げていたのかということ、この高校卒業の最後に言う予防線の張り方がちょっとずるくないか、という考えがぐるぐる渦巻いていた。その次に考えたのは、これを断ったら確実に帰省するときにぎくしゃくして両方の家族から突っ込まれるだろうし、いやそもそも、はい、と返事をしても英雄の性格からしてすぐにバレるだろうからどちらにしても地獄だ。とち狂った私は、あろうことか鉄板芸、友達からお願いします、と言ってしまったのだ。今思い出しても友達からお願いします、は中々に無い。友達からお願いしますってそれはお互いあんまり知らない状態の当人たちを指すものなのではないだろうか。その点私は英雄は、好きな食べ物も部屋の中もほくろの位置もお互い知り尽くしているような関係性なのだ。今考えても本当に無い。その返答に英雄もびっくりしたようで、ああとぎこちなく笑った。その後よく分からないけどお互いに握手をした。


「弟くんお久しぶりー」
「あっ名前ちゃんだ!」
「お土産持って来たから、おじさんとおばさんと食べて」
「やった! 何?」
「ばななとサブレー」
「東京のお土産じゃん!」
「だって東京に住んでるんだもん」
「えー」
「文句があるなら食べなくてよろしい」
「うそ! 食う!」

 見慣れた握野家のリビング。ソファを新調した以外ほぼ何も変わっていない。とてとてとソファに寝転がってゲームをしていた弟くんが私の元にやってくる。
 はいどうぞ、と弟くんにお土産を渡す。やった、と喜んでいる。彼、英雄の幼い頃に本当によく似ているのだ。こちらの方がもうちょっと可愛らしい気もするけれど。久しぶりに会ったら大きくなっててびっくりした。私の身長も抜かれそうだ。うりうり、と頬を撫でくり回すと、止めろよ〜、と彼が言った。

「あれ、兄ちゃんは?」
「物置行った。バドミントンのラケット探してるんだって」
「ふーん、名前ちゃんゲームしよ?」
「えー、する」

 弟くんは携帯型のゲームの電源をスリープモードにすると、テレビの前に向かう。テレビ台の奥には往年のゲーム機が複数無造作に置かれているのを私は知っている。その中から弟くんはレトロゲームが集まったものを取り出して、テレビに繋げた。懐かしいというより世代じゃないからほとんど知らないのだけれど、懐かしいという気持ちは分かる。
 卒業式のお友達から問題は既に解決済みだ。一昨年ぐらいから英雄とお付き合いさせて貰っている。一応お互いのためにもそのことは各家族に伝えてある。付き合ってみて分かったのは、英雄はすごく紳士的だし、誠実だ。幼馴染みだった頃からもそうだったけれど、恋人という位置に落ち着いてからは更にそう思うことが増した気がする。
 高校卒業後はそれぞれの道に進んだわけだわけだけれども、私は進学、就職を機に実家暮らしを辞めて東京にアパートを借りて暮らしている。英雄は警察時代もアイドルとなった今でも実家暮らしをしているのだけれど、朝早くに仕事があったりだとか夜に帰れなくなったりすると、私の部屋に来る。アイドルってお休み無さそうだし大変そうだな、なんて思っていたけれど、今の方が英雄と会える時間は増えているような気がする。それは純粋に嬉しい。

「──兄ちゃんといつケッコンすんの?」

 咽せた。持参のペットボトルのお茶を飲んでいる最中のその話題は反則すぎる。完全に被弾した。

「えっ、名前ちゃんと兄ちゃんってそういうカンケイだろ? ……もしかしてちゅうもしてないとか?」
「えっ、うん、んんん」

 お兄ちゃんに直接聞いてくれという話である。これは十以上も年の離れた子にどう言えばいいのか分からない。この手の話題生々しいにもほどが有る。そもそもほぼ家族な身内同士でどこまでした?、なんてあまりにも地獄過ぎる。弟くんが目をきらきらさせている。オレお姉ちゃんずっとほしくて、兄ちゃんと名前ちゃんケッコンしたら名前ちゃん姉ちゃんになるんだろ?今もそんな感じだけど!本当の姉ちゃん!、と捲し立てた。

「兄ちゃんヘタレだからさ、だって名前ちゃんと出掛けるときとか……」
「──ちゅー以上のことしてるっつうのバカ」

 余計なこと言うな、と、英雄の鉄槌が下る。その続き結構聞きたかったんだけど。弟くんがいってえ、と頭を押さえる。どこから聞いていたんだろう。まあちゅー云々のところからだろうな。お前声でかいんだよ、と若干青筋を立てながら彼が弟くんの隣に座る。

「ちゅう以上って何?!」
「お前にはまだ早い!」

 画面にはパクパクと口を開け閉めして白い点を食べる生物。意地悪しないで教えろよ〜!、うるさい、あっそうだ名前ちゃんさっきの続きなんだけど、お前それ絶対に言うなよ、会話の応酬が飛び交う。聞き耳を立てるけれども、英雄の、それ関連言ったら俺が買ったゲーム機使えなくするからな、というトドメの言葉でぴたりと止まる。兄ちゃんそれ卑怯だよ、と弟くんがもう抗議するけれど、英雄は勝ち誇った表情だ。大変残念。






握野英雄と幼馴染み
20180325



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