++春の/伊集院北斗




 暖かな春の陽気が心地よい。吹き抜けるそよ風が肌を優しく撫でる。ようやく顔を出した草を踏みしめると、なんだかこそばゆいような、そんな感じがした。

「──春、ですね」
「そうですねえ」

 私の隣には伊集院さんがいらっしゃる。ジーンズにトレーナーというラフな格好だ。こんな格好をしている彼もなかなかに珍しいのではないだろうか。なだらかな丘の下では、天ヶ瀬さんと御手洗さんがやんやとボールを蹴って遊んでいる。
 今日は郊外の自然公園での撮影だった。先々月から女性誌で組ませていただいているジュピターが様々なことに挑戦する、という企画がある。第1回目はボルタリング、第2回目は巨大パフェ、第3回目の今日は野サッカー。三人が今まで何となくやってこなかったこと、今更出来ないと思うことをする姿を撮っていくのだけれど、なかなかに反響があり、嬉しい限りだ。そんなこんなで今回はジュピターの三人が運動がしやすいようなラフな格好で公園に集まっている。今は野サッカーの方の撮影が終わっての確認と、次のちょっとしたオフショットに向けての準備をしている最中だ。つまり私たちは手持ち無沙汰ということになる。

「伊集院さんとこうやってお話するの、久しぶりな感じがします」
「実際久しぶりですしね」
「確かにそうかもです」

 ジュピターは多忙だ。それこそ今回みたいに三人揃っての撮影というだけではなく、個々人の仕事もたくさんある。事務所には彼らの他にもたくさんのユニットが居て、私だけでは付き添いに行ける範囲も限られる。未成年のユニットやまだ経験の浅いユニットをどうしても優先してしまう形となってしまう。更にジュピターとなると、伊集院さん以外のメンバーが未成年と言うこともあり、例え付き添いに行けるとなっても、天ヶ瀬さんと御手洗さんの方に行ってしまうことの方が大多数だった。そのことに関しては本当に申し訳ないと思う。

「名前さん、俺たちどうでした?」
「自社のアイドルが可愛くて可愛くてしょうがない私に言わせます? 贔屓目抜きにしても最高でしたよ」
「それ贔屓目してるじゃないですか」
「第1回目のボルダリング同様、三人のお腹ちらっが見えたのが本当に最高でした。御手洗さんが一気勝ちかと思ったら、天ヶ瀬さんと伊集院さんで共同戦線張っていらっしゃって、ずるい!、って御手洗さんから言われているのが本当に可愛かったですね」
「思い切り外で遊ぶというのも久々で、新鮮でした」
「伊集院さんが外で、というか公園で何かスポーツをするというのも想像できないというか、背景と人が釣り合ってないといいますか……」
「そうですか? 一応大学ではテニスサークルなんですけどね」
「あっ確かに。何だろう……公園に伊集院北斗が居ることに違和感を感じるというか、本当に生きてる?、という感じでして」
「なんですかそれ!」

 あはは、と彼が笑う。
 こうやって伊集院さんと他愛もないお喋りをするのも本当に久しぶりだった。というのも先ほどの通り、経験を積んだジュピター、その中の成人済みで最年長ともなる伊集院さんにつきっきりで何かをするという機会が本当に限られているからだ。

「名前さん! こっち来て!」
「はい」

 下から御手洗さん私の名前を呼ぶ。それに返事をして、ちょっと行って来ますね、と丘を下ろうとすると、伊集院さんから手首を掴まれてぐいっと引き留められる。

「え、なんですか?」
「花びら、着いてますよ」

 さっきの早咲きの桜かな、と彼が私の頭についた桜の花を取る。綺麗ですね、掌に乗せながら、彼が身を屈めながら微笑んでそう言った。余りにも距離が近い。鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。その綺麗なお顔が視界いっぱいに見えて心臓に悪い。ふわりと彼の香水のにおいが漂ってくる。

「近くないですか……?」
「もう少し構っていただいてもいいかな、と思って」

 北斗くんなにやってんの?、と御手洗さんの声が聞こえてくる。
 ともかくこの心臓に悪い状態をどうにかしたい。私は分かりましたからとりあえず近すぎます、と一歩後ずさったところで、足を踏み外して体が宙を浮く。え、と目を真ん丸にしたのは彼も同じである。
 伊集院さんを巻き込むわけにはいかない。そう私が思う気持ちを彼は察していないようだった。ゆるく掴んだ手首を強く掴み直す。だいぶ宙に浮いている私の体はどうにも軌道修正が出来ないようだ。そのまま転がり落ちても丘はなだらかだし、怪我はしないだろうな、と冷静に高をくくっていたところで、彼が私を引き寄せてぎゅうっと抱擁した。昨年度抱かれたい男1位の伊集院北斗に抱きしめられるという体験もなかなか無いんじゃないか。彼は私の頭を自分の胸に押し込めて、そしてどん、と転がるときの衝撃を彼越しに感じた。そしてごろごろと勾配がなくなるところまで転がり落ちて、ややもするとぴたりと止まった。

「い、伊集院さん生きてます……?」

 腕がまだ背中に回っているので、声がくぐもる。体温は温かい。程良くついた筋肉の胸板越しに彼がきちんと息をしているのを感じてほっとする。ぷるぷると彼のお腹が笑っている。い、伊集院さん、と再度彼の名前を呼ぶの、あはは、と笑いながら彼がごろんと仰向けになった。

「まさか一緒に転がるなんて!」
「い、伊集院さん」

 あはは、と爆笑する彼に頭でも打ったのかな、と立ちあがろうとすると、今度は肘を掴まれて動けなくなる。諦めて私も彼に倣って仰向けになって寝転がる。
 空が青い。ちくちくとした草花の息吹を服越しに感じた。青くさいわけじゃない。柔らかくて、心がほっとする。春の、においがする。

「なあに二人でいちゃついてんの?」
「最近冬馬と翔太に名前さん取られっぱなしだったんだから、少しぐらいいいだろう?」
「それとこれとは別でしょ」
「そもそもいちゃついてないんですけど……」

 肘の拘束が潔くなくなったので、起き上がると、うわあ、草だらけじゃねえか、と天ヶ瀬さんが背中についた葉っぱを払ってくれた。まだ撮影があるのに、衣装さんから怒られそうだななんて思った。

 






20180328
冬馬と翔太と仲がいいことに嫉妬する、北斗くんの逆襲、伊集院北斗に転がされる


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