++心臓がえぐれそうだ



 自分自身が、ここまで感情に振り回される人間だと思っていなかった。
 社長を問い詰めた。事実を言わなければ事務所を辞めると脅しさえした。その結果得られたのは、病に関しての僕の予想が概ね当たっていたことと、彼女の実家の住所だった。彼女はすでに借りていた部屋を解約し、一度実家に戻ると、そう言ったとのことだった。
 いったいどうすればいいのか、分からなかった。彼女が誤解を生むような言葉だけを預けて事務所から姿を消したのは、僕たちに心配をかけたくないからだろう。新しいプロデューサーが来て、名字名前という人間のことを、志半ばでアイドルたちを放り投げた酷い人間だと罵るか、存在自体すっかり忘れてほしい、そう言うような行動だ。その行動で傷つけられるのは、紛うこと無く彼女の心だというのに。そうやって彼女は自分で深い傷を自分に与えて、それが許されないまま生きて死ぬ。そう思うとやるせなくて、足が勝手に動いていた。
 この事務所に残るよう引き留める権利は僕には無い。だが彼女自身がつけた心の深い傷を癒やすこと、新しい道を探す手助けなら出来るのかもしれないと。自分勝手なエゴだらけの考えであることは百も承知だった。彼女の実家の住所を社長から聞き出して、電車に乗った。控えた生放送を放り投げて、だ。
 柏木と天道に、彼女のことを言うことは憚られた。彼女自身が隠したかった事実を、僕がさらけ出してしまうこと、口ごもると、天道は大事なことなんだろ、と言い、柏木はオレたちが頑張るので心置きなく行って来てください、と背中を押してくれた。

「……あとはどこだ」

 彼女の実家を訪ねると、彼女が未だ帰っていないことを告げられた。帰るのが少し遅れると、それだけメッセージを残してあとは連絡がつかないらしい。それに途方に暮れて、一度戻ろうと再度駅に向かう途中で彼女の行きそうな場所を考えた。
 既に部屋は解約しているのだと聞いた。友人の家に転がり込んでいるとは考えにくい。実家に戻ってからでもいくらでも行くことが出来る場所だ。逆に考えて、実家に一度帰ると行きづらい場所、なにぶん彼女のその病もある。彼女の両親の話を聞くと、病を患った彼女を酷く心配しているようだった。それも当たり前だろう。娘が全てを忘れる奇病を患うなど。それを考えると、彼女が実家に戻ったとして、それから彼女一人での遠出を許すようではなく感じられた。移動で時間がかかるような、遠い場所。
 彼女と一緒に行った場所をひねり出す。遊園地、ライブ会場、神社、居酒屋、ダーツ、野球場、海、撮影現場、ファミレス、スタジアム。思い返すとキリが無い。その中で彼女が行きそうな場所、そう考えてはたと、もしかしたらここかもしれないという心当たりのある場所が浮かんでくる。その際もいくつかの交通機関を乗り継いで行った。今度は夕暮れの時にまた来たい、と後ろ髪を引くように彼女が言ったことを思い出した。
 その場所への行き方を調べる。都内へ戻る終電はもう無かった。今日はホテルに泊まって、明日の朝一番で飛行機に乗るのが手っ取り早い。電車を乗り継いで、その場所へと向かう。彼女がその場所のどこに居るかは分からない。その場所に居るかどうかさえも分からない。だが何故か、その場所に彼女は絶対に居るという自信があった。こんな不確定で蒙昧な予想をしているなど、昔の僕がここに居たのなら鼻で笑っているに違いなかった。彼女は絶対にそこに居る、その妄執が僕を突き動かす。どれだけこじつけだろうと、焦燥や不安で胸が押し潰されようとしているのを思考が寸でのところで止めていた。
 明日は午前にダンスレッスン、午後からはオフだ。天道に休む旨の連絡を入れる。返答はすぐに返ってきた。気を付けろよ、その言葉が添えられてきた。気が気では無いのは何も僕だけでは無かった。

「……名字は、」

 僕にとっての彼女は。
 定刻通りに来た電車に乗り込む。ここから空港近くの市に向かう。都内とはうってかわり、終電だというのに人はまばらだった。座席に腰を下ろし、窓の外を眺める。夜の中にいつも窓から見る景色よりも騒がしくない人工的な明かりが流れていった。自分の顔が反射する。
 僕にとって彼女が、大切な存在であることには変わりない。だがそれはプロダクションの皆と同じ、という意味で合っているのか甚だ謎だった。彼女がプロデューサーを辞めたと知ったとき、社長に脅迫まがいに彼女の居場所を聞き出して、後先考えずに飛び出していた。移動中も腹の中がねじり回されるようで胃の中がむかついた。彼女のことばかりを考えていた。既読が付かないメッセージ。彼女の実家を尋ねて、彼女がまだ帰っていないと知ったとき。心が折れそうだった。
 これが天道や柏木であったら、僕は同じように行動したのだろうか。ふとそんな考えが頭の中に巡る。天道と柏木は、同じユニットのメンバーとして大切な存在であることには変わりない。追いかけはするだろう。どうしてこのような行動を取ったのか、それは解決しがたいことなのか、僕らが協力することはないのか、そう尋ねるはずだ。ある程度の冷静さで受け答えが出来る。だが自分でも我慢がきかないような焦燥感や不安に駆られることは、あるのか。今のように。
 胸が苦しくなって、息を吐いた。胃のあたりがもやもやと胸焼けをするようだった。胃液しか入っていないのに、吐き出すまでは行かないが気持ち悪さが腹の中に留まっている感覚。昔からそうだ。昔から、気が付く頃にはもう遅い。







20171127
 


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