++心の狭さ世界でいちばん/舞田類




 ただいまあ、と顔がほんのりと赤くなって足元がふわふわしている名前がドアを開ける。時刻は24時30分。終電で帰ってきたことが分かる。遅くなるなら迎えに行こうか、とメッセージの既読もつかないし、電話にも出ないし、もう最悪だ。アルコールくさい彼女は、俺が既に玄関前に立っていたことにちょっと驚いて目を見開いた。

「るいだ〜、わあすごいるいが二人に見える」
「名前酔いすぎじゃないの?」
「ん〜、そうかなあ」
「メッセージも見てないし、電話にも出ないし、名前はこんなに酔ってるし、もう時間も遅いし、家に帰る途中に何かあったらどうするつもりだったの?」
「だいじょうぶ、先輩におくってもらったから」
「男?」
「うん」

 脱げない、とパンプスをぶらぶらとさせる彼女の肩を持つ。アルコールと混じって、男物の香水のにおいがして思わず眉根を顰める。
 教師を辞めてアイドルになった。名前とは教師時代から付き合っていて、教師を辞めるとなったとき、正直別れた方がいいんじゃないかって思った。公務員からアイドルへ、始めようと思ったきっかけは軽いかもしれないけど、本気だった。公務員と違って給料は不安定になるし、アイドルとして売れなかったらどうなるか分からない。その杞憂もプロデューサーちゃんの手腕で無くなったけれど、当時は名前に別れを告げようと死ぬほど考えてた。彼女の実家にも行った、彼女は俺の実家にも行ったことがある。このまま教師として歩んでいれば遠からず結婚する予定で、でも俺が教師を辞めるとなれば話は別だ。彼女を俺の夢に付き合わせていいはずがない。名前には幸せになってほしい。その思いで彼女に別れを告げると、名前は驚いて、理由を聞いて、そうして言った。類なしじゃ幸せになれないよ、って。
 俺がアイドルになってから、俺たちはすれ違いが多くなった。アイドルは基本休みは平日だし、仕事が終わるのが夜遅くになることも、逆に朝早くに出て行くことも多い。帰ってくるとき、おかえりと言ってくれる名前じゃなくて、名前の寝顔を見ることがずっと多くなった。

「名前は俺のこと、すき?」
「うんすき」
「あいしてる?」
「うんあいしてる」
「俺も、名前のこと大好きだし愛してるよ」

 名前を取られるのが嫌だ。こんな感情、ただのわがままだって分かってる。名前にだって仕事があるし、付き合いもある。飲み会だって仕事の付き合いだ。俺が行かないでと引き留める理由はない。俺だって仕事の付き合いで飲み会に行くこともある。
 細い腰に腕を回して、ぐりぐり、と彼女の首に顔を埋めると、彼女の甘いにおいに混じってムスクのにおいが強く感じられた。最近よく突っかかってくる人が居て嫌だと彼女が言っていたけれど、その人かもしれない。職場では好きな人が居ると彼女は言っているらしい。恋人が舞田類だと知られれば事だからだろう。教師のときは恋人という枠に収まれたのに、アイドルになったら途端にこれだ。名前を俺の恋人、という枠に縛れない。俺だって名前の恋人という枠に縛られなくなってしまった。

「名前がね、他の男とお酒飲んだり歩いたりするのやだ」
「私もるいがおんなのひととお酒のんだり歩いたりするのやだ」

 ぎゅうっと名前を抱きしめる。この前ドラマのスタッフや演者の人たちと打ち上げをしたとき、タクシーに乗せたところを週刊誌に撮られた。相手は俺と同じくらいの女優さんで、何も無かったって分かってるから、と名前は言っていたけど、気にしていたんだなと思った。

「でもむりだって分かってるよ。ぜんぶことわるなんて。仕事のつきあいで飲みにいかなきゃいけないこと、たくさんあるもん」
「うん、俺も分かってる。変な噂にならないように気を付けるから、名前もちゃんと帰るときは連絡して。迎えに行くから。男なんて単純だから、二人きりで帰ったらすぐ惚れちゃうよ。名前かわいいんだから」
「昔のるいみたいに?」
「うん」

 恋に落ちた時のことは良く覚えている。飲み会の帰り、名前のことを送った学生時代を思い出す。二次会が終わったのは夜遅くになって、女の子を一人だけで帰らせるのは、とまとまって送っていった。その時ちょうど、家の方面が同じだったのが名前と俺だった。月が明るい夜、ふわふわと上機嫌で歩く名前の横顔が綺麗で、送り届けて家に帰ったあとも気が付いたら名前のことを考えていた。

「あのね、るい」
「どうしたの?」
「うそだよ」

 ふふふ、と名前が笑った。るいがこうなるのひさしぶりだね、と俺の腕の中で言う。顔を見上げて、ちょっとだけイタズラっぽく目を細める。

「香水はね、同期のこにかけてもらったの。いいかおりでしょ、って。かえりもタクシーでかえってきたよ。るいはいつもかっこよくて、たくさん余裕があるように見えるのに、私だけいっつもぎりぎりで、悔しかったからうそつ、」

 はあ、と脱力する。名前に呆れられたのかと思った。彼女にのしかかると、わああぶないよ〜と名前が笑う。酔うと笑い上戸になるのはずっと変わっていない。

「Really?」
「うそなんてつかないよ」
「さっきのは?」
「あっほんとだ」

 ふふ、と笑う名前の額に、頬に、首筋に口づけを落とす。ぎゅうっと抱きしめて胸元に顔を埋めてくる彼女にYou're such a babyと言うと、ふわふわの声でどういう意味?と顔を上げた彼女が尋ねる。甘えんぼうな名前が大好きだってことだよ、と鼻を指で摘まみながら答えた。



20180604
お題箱より。舞田類が酒に酔ってしまった彼女に嫉妬するお話・大好きで嫉妬心も強いけど恥ずかしいし嫉妬も嫌われるんじゃないかと思ってなかなかいえない彼女と、わかってはいるけどどうしても言葉で言ってほしいし実は独占欲の強いまいたる・余裕がなくて少し強引な舞田類



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