++薬指をかけた約束/古論クリス


 いつか迎えに行くからそれまで待っていて。良く出来た白詰草の指輪を左指の薬指に。約束、と小指と小指を結んでさよならをした。というのも彼が両親の仕事の関係で遠くに行ってしまうのだと聞いていた。私はこくりと頷いた。幼い子どもの口約束。遠い日の思い出だ。次会ったときまた遊ぼうね、ぐらいの話だと思っていたのだけれど、よくよく思えばあれはプロポーズだったのだ、と今知った。

「……――え、あ、え? クリスさんですか?」
「はい!」

 前にお会いしたときより、綺麗になりましたね名前。亜麻色の髪の毛と同じ色の優しい瞳は昔会ったときから一つも変わっていないのだけれど、私は目をぱちくりさせた。お会いできてとても嬉しいです、と彼は私を軽く抱擁した。私と言えば軽くパニック状態である。幼い頃一緒に遊んでいたクリスさん。近所でも美人と評判で、私とは少し年が離れていたけれど、とてもよく遊んでくれて、ずっとずっと女の子だと思っていて、成人して月日は経ち、今までもメッセージのやりとりはしていたのだけれど、今日は久しぶりにクリスさんと会えると、幼い頃から綺麗だったクリスさんはどのくらい美しい人になっているのだろう、と十年以上ぶりの再会を喜ぼうとしたら、これである。いや久しぶりにお会いしたクリスさんは記憶に違わず美人なのだけれども、誰が思うだろうか。クリスさんが、男性だったなんて。

「さあ、行きましょうか。久しぶりに名前にお会い出来たことですし、とても良いお店を予約しているのです」

  長く続いた抱擁からようやく解放されて、改めて彼を見てみるけれども、いや本当に彼が美人すぎて声が出ない。こんな彼に私が並んでいいものなのだろうか、心なしか周りの視線も痛いように感じられる。
 整ったアーモンド形の目に、すっと通った鼻梁。薄い唇、綺麗な肌。日本人離れした容姿なのはスペインの血が入っているから。にこりと笑った顔は昔会ったときから全然変わっていない。身長は高くてそれもまた、彼の日本人離れ感に拍車をかけている。骨ばった大きな手を差し出されて、こういうところも変わらないなあとしみじみ思ってしまった。幼い頃、彼はあちこちに行ってしまう私の手をぎゅっと握って、色んなところに遊びに行ったのだった。彼と行く場所は、何回と行ったありふれた場所でもとても新鮮だった気がする。

「クリスさん」
「はい、なんでしょうか」
「実は、私、クリスさんのこと、ずっと女の子だと思っていたって言ったら驚きます?」
「ええとっても」

 彼は目をまん丸にして、私を見遣る。私の中での彼の印象は、少し年上の綺麗なお姉さんで、そんな人にちゃん付けするのはどうだろうと思っていたからさん付けだったし。一人称が僕だったのは不思議だったけど、クリスさん周りの男の子とは違って上品と言うか、中性的な服をいつも着てたし、髪の毛もちょっと長めだったしまつ毛もぱさぱさしててお人形みたいだったし、勘違いする要素はたくさんあったんだけど。困りました、とクリスさんは頭をかいた。

「では名前の中で、あの約束は無かったことになっているのでしょうか……?」
「あの約束って……?」

 あ、襟が折れている。クリスさんは昔から何かに夢中になると、葉っぱを頭につけたり、泥んこだったり、シャツがズボンから飛び出ていたり、とにかく自分のことがないがしろにするのだ。昔はよく葉っぱを取ってあげたり泥を拭いてあげたりしていたなあ。そう思いながら彼を呼び留めてちょっと背伸びをして彼の襟を直した。昔から変わっていませんね、ありがとうございます、と彼が柔和に微笑む。

「あの白詰草の……」
「ああ、あれですね。幼い頃の私が勘違いしていたので、昔はまた会おうねぐらいの約束と思っていたんですけど、今クリスさんにお会いして、あれ結婚の約束だったんだなって。可愛らしいですね」

 ふふ、と笑いながら彼を見ると、クリスさんは少し目線を泳がせている。クリスさん、こんなにかっこよくなって、大学の先生しいるって言っていたし、きっと素敵な恋人が居るんだろうなあ、と思っていたのだけれど、彼のこの表情はどう反応すればいいのだろうか。あの、実は、言いよどむ彼を見上げてると、彼はふるふると顔を横に振って、このお話はお店に行ってからいたしましょう、と笑った。





20180708
お題箱より、古論クリスの世話を焼きたい歳下敬語≠Pちゃん・幼馴染の恋人にプロポーズする古論クリス



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