++僕だって男だ/冬美旬


 名前さんは信頼の出来る大人だ。僕たちが嫌がることはしない。仕事はあくまで自由意志に委ねられる。だけれど危ないこと、してはいけないことはきちんと制してくれる。身近な自身の親や学校の先生以外の、模範的で信頼のおけるひと。その庇護下に置かれる僕ら。誕生日が来て一つ歳をとっても、名前さんに追いつけるのはほんの一瞬で、彼女のぴんと伸ばした背筋であったり、凛々しいスーツ姿であったり、電話口の彼女の声音であったり、そういった些細なことに、思い知らされるのだ。この差はいつまでも縮まらないものなんだって。



「――名前、飲み行かないか? 今日早めに切り上げんだろ仕事」
「……あー、」
「浮かない顔してんな」

 天道さんが名前さんと肩を組んでそう言った。名前さんは健康診断の数値が〜、とあまり乗り気では無いようだ。この前げっ、と顔を顰めてはがきを事務所で見ていたから、どうかしたんですか?、と尋ねたら、引っかかることは無いにせよこの年齢でかあ、という数値だったらしく、それ以来名前さんの昼食はサラダとタンパク質がメインの栄養バランスが取れたものになった。以前までのカップラーメンやゼリー、バーをもそもそと食べていた不健康な食事とは打って変わってだ。

「最近飲み多くてやばいんですよね〜、肝臓虐めまくってる気がします」
「渡辺さんが新しく見つけたって言う良い店らしいぜ」
「えーー、あー、」

 名前さんと天道さん、二人並ぶと映えるものだった。歳の差も身長の差も、前にシキくんやハルナさんが一緒に見ようと見せてきた雑誌に載っていたのと同じくらいだろう。名前さんが見上げるとちょうどいい位置に天道さんの顔がある。お似合いだ、と柄でもなくそう思ってしまうのだ。まだ大人になっていない、身長も名前さんと同じくらい。横に並んでも恋人には絶対に見えない。せいぜい弟が関の山だろう。

「チーズとか肉が美味いらしくてさ、あと地ビールとか」
「あー、ビール……」
「名前好きだよな。あとワインも、」
「ワイン……」
「一応今んところ参加者は、俺と渡辺さんと神谷とアスランで」
「謎メンツですね……」
「まあちょっと珍しいかもな。あと山下さんも仕事終わり次第来るってさ」
「魅力的すぎる……」

 アルコールはまだ飲んだことはない。当たり前だ、まだ僕は高校生だし。ただ、プロダクションの打ち上げに何回か参加したおかげで、飲み会の雰囲気は何となく分かる。気がおおらかになるというか、たぶん大人はアルコールやそれで出される料理が美味しいから、ということもあるだろうけれど、その場で生まれる関係性だとか雰囲気を楽しむためにそう言った催しをするのだろう。プロダクションの飲み会での名前さんは、少し気が緩んでいたようにも思えるし、いつもの少し気が張ったような笑い方じゃなくて、素に近いような笑い方で、可愛らしかった、と思った記憶がある。どうであれ、大人はそう言った彼女を見る機会が僕よりもずっと多くて、それが羨ましいなと思ってしまう。あと四年。僕にはそれだけの距離がある。肩を抱かないで欲しい、僕を見て欲しい、そんなどろどろとした黒い感情が心の中から湧き上がってくる。醜い感情だと思う。
 うー、と名前さんが唸った。どうやらだいぶ天秤が傾いでいるらしい。先日軽々と飲みに行かない、と宣誓したのにも関わらず、である。ちらりと名前さんは僕を見て、あー、と罪悪感なのか目を反らした。

「行き、ます!」
「おっ、じゃあ今日の19時に、」
「――名前さん」

 ソファに座って身に入らないまま勉強をしていた僕は立ち上がる。肩を組んでいる二人の目の前に行く。
 だめですよ、と僕が言うと天道さんが、桜庭みたいだな、と笑った。それにむすっとしながら、名前さんの肘を掴んでこちら側に引き寄せる。軽くて、びっくりした。あと腕の細さも、柔らかさも。握ったら親指と中指がついてしまいそうだし、折れてしまいそうだ。名前さんはうわあ、とちょっと驚いて足をもたつかせた。僕は彼女の腕を引き留めながら、言い聞かせるように言う。

「名前さん桜庭さんからなんて言われましたっけ?」
「……飲酒は必要最低限に抑えろ。その歳で肝硬変になりたくはないだろう?」
「覚えているじゃないですか」
「いやあ、でもほらご飯食べるくらいなら……」
「それで抑えられた試しがありますか?」
「……はーい、今日は家直帰しまーす」

 名前さんがそう言うことになりましたので今日は止めておきます、と天道さんに言う。
 元医者の桜庭さんがいることもあって、事務所内の人の健康状態と言うのは割と筒抜けなのだ。体重が増えた人が居れば、その人が来るときはお菓子をさっと隠すだとか食べていいのかと念押ししたりだとか。皆で監視し合っているわけだけれども、中には甘い人も居るわけで。それが当の本人にとっていい結果になるはずが無いので、必然的に甘やかさない人に口酸っぱく甘やかすなという命が下るのである。

「これまた桜庭譲りの……」
「あまり名前さんを甘やかさないでくださいね」
「また誘ってくださいね、天道さん……お酒抜きで……」
「分かってるって」

 しくしくと泣いた振りをしながら言う名前さんに天道さんが笑っている。天道さんは少し手招きをして僕を呼び寄せる。そして僕の耳元に口を近づけると、バレバレだぞ、と囁いたので思わず顔が赤くなる。まあがんばれよー、と手をひらひらと振りながら事務所を去っていく。顔に出ない方だと思っていたのに、どうやら彼にはしっかりと感じ取れたらしい。

 

 


20180715
お題箱より、男の子な冬美旬びっくりして、ちょっとドキッともするPの話・冬美旬の甘い話(嫉妬される)



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