++my turn/姫野かのん





*かのんくんが中学三年〜高校生くらい


 プロデューサーさんと手を繋がなくなったのはいつからだろう。名前さんと手繋がなくてもかのん一人で歩けるもん、そんな生意気なことを言って手を繋ぐことを止めた。そのときのプロデューサーさんの少しだけ名残惜しいような寂しそうな表情がくっきりと頭にこびりついている。


 今思い返すと、名前さんは守ってくれていたんだ、って思うことがある。歩くときはいつも車道側を歩いてくれた。雨の日のスタジオで手を繋いでくれたのは転ばないように気をつけてくれたからなのかもしれない。まだかのんは大人じゃないけど、あの頃よりはずっと大人になった。考え方も体も、だからようやく気がつくことが出来た。

「──ねえ名前さん」
「なあに、かのんくん」

 昔より声が低くなった。声変わりをしたから。身長もぐんと伸びた。足の大きさだって、肩幅だって、比べ物にならないぐらい。昔の衣装は当たり前のように着られなくなった。それでも名前さんはかのんのことを可愛いって言ってくれるし、かのんと一緒に考えながら、プロデュースをしてくれる。
 名前さんは穏やかな声で尋ねた。
 名前さんが撮影が終わった後に、先にカメラマンさんとメイクさんに挨拶してきて、って一人で現場のチーフプロデューサーさんの控え室に行った理由を知っている。業界の中でも言葉遣いが荒くて態度が悪いことで有名な人だ。撮影をしている最中に泣いてしまった人もいると聞いたし、終わった後に撮影で悪かったところをずっと聞かされるんだって。名前さんは一人でその人のところに挨拶に行って、今日の撮影のことを話されていたんだと思う。
 もしかのんが大人だったら、一緒に挨拶に行っていたのかな、名前さん一人に嫌な思いをさせなかったのかもしれない。それだけじゃない。芸能界は怖いところだ。常に決められた枠をたくさんの人が争って仕事を貰う。その枠に入らなかった人たちから嫉妬の目で見られることもあるし、どんなずるをして仕事を貰ったんだって酷い言葉を言われることもある。でも名前さんがいるときは、そんな陰口も視線も気にならなかった。

「名前さん」
「どうかしたの、あ、お腹すいた? かのんくん育ち盛りだもんね。この前可愛い外観してるお店見つけたからそこ行ってみる? 時間なら少しあるし」

 くるりと振り向いた名前さん、こんなに身長が小さかったっけ、と思う。もうかのんの方が背が高い。
 今までずっと守られてきた。大人になるまでは、きっとこれからも名前さんから守って貰うことになる。どんな嫌なことを言われたって、どんな視線を向けられたって、名前さんはいつも凛としている。でもそれが辛くないわけじゃないんだと思う。かのんだって悪口を言われたら悲しいし、そういう視線を向けられたら心臓がビクッてする。それでも名前さんは、かのんだけじゃなくてプロダクション全員分の外のひとからのそういう感情を受け止めている。

「名前さん、手繋ご?」
「もう一人で歩けるって言ってたのにねえ」
「スタジオ、雨上がりで滑りやすいから、名前さん転んだら大変でしょ?」
「おばあちゃん扱いされてる……」
「ちゃんと女の人扱いだもん」

 久しぶりだからちょっと恥ずかしいな、と言いながら名前さんが渋りながら言うので、強引にぎゅっと手を握る。手の位置もあの頃とは違う。本当にこれでいくの?、とちょっと照れ臭そうに笑う。

「ねえねえ、名前さん」
「なあに?」

 昔はずっと大きく見えていた名前さんが、今は小さく見える。名前さんの身長を抜いてしまうのももう少しかもしれない。そうしたら名前さんはかのんのこともっと頼ってくれるかな。半分は無理かもしれないけど、ちょっとぐらいは支えられるようになりたい。そうやって大人になって、今度は名前さんを守れるようになりたいなって思う。

「ううん、やっぱりなんでもない」
「あはは、なにそれ」









20190526
 


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