++識る/チアキ





 コスモスの花言葉、秋の星座の見方、コーヒーの淹れ方、秋は冷え込む季節なのだということ、太陽の暖かさで微睡む時間は幸せなこと、ひとから作ってもらう食事は美味しいこと、そして、恋はひどく苦しいものなのだということ。



 門司くんがね、一緒にテーブルゲームをしてみないかって。チアキくんはしたことある?
 門司というのは彼女に気がある男で、彼女はそんな気を知ってか知らずか門司とよく話をするようだった。そこまで高い場所にあるわけではない、俺の与えられた部屋からも全体を見渡すことができるほどの小さな島だ。住んでる人間もそこまで多くはないことが分かる。その中で彼女と同年代の人間、と考えてみるとかなり少ないのだろう。そういった環境の中で彼女が門司という男と仲良くする気持ちもよく分かる。
「モノポリーやトランプぐらいならしたことがあるけど、それぐらいかな」
「モノポリーかあ、楽しいよね」
「……ところで、そのゲームっていつも君たちが会っている図書館でするのか?」
「テーブルゲームって言ってたから、持ってこなきゃいけないし門司くんの家じゃないかな。まだ全然日程決まってないから分からないけど」
 同年代の人間が少なく、馴染みやすいとはいえ、男の家にひとりで赴くなんて危機能力が低すぎるのではないか。
「……そうだな。テーブルゲームなら皆でした方が楽しそうだし、君がよく行く食堂でするのはどうだろう。あそこなら人がよく集まるだろうから」
 さりげなく彼と2人の空間になることを避けるように提案すると、彼女は確かにそうかも、と納得したように言った。
 安堵の息を吐き出す。
 彼女は俺と違う。島の中ではこうやってひとりで居ることしかできない。島の外に出たところで、今までもそうだったようにまともな生き方はしないだろうし、まともな死に方もしないだろう。ひとりで生きていくための、死と隣合わせの生活に戻るだけだ。しかし彼女にはたくさんの選択肢があって、その中のひとつが俺であることにすぎない。この事件が解決に向かえば、彼女も島から出ることになる。その時に彼女は俺を選んでくれるのだろうか。俺の特別は彼女だけだけれど、無数の選択ができる彼女の特別は俺ではないのかもしれない。部屋にいる間、頭の中の大半は彼女のことで埋め尽くされているけれど、彼女は違う。島を散策して色々な人と会話を楽しんで、その中で俺のことをどのくらい考えているのだろう。
 この感情の名前を知っている。嫉妬だ。姿も知らない、果ては名前すら分からない人間に嫉妬をしている自分が妙に人間らしく感じられた。
「……ふふ、チアキくん焦ってるとすぐ分かるから面白いね」
「え?」
「大丈夫だよ。門司くんの家に行くのはちゃんとお断りしてるから。お邪魔するのは申し訳ないし、って」
 思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。
 彼女がくすくすと笑いながら、つんつん、とガラスを小突いた。顔が怖いんだもんすぐ分かるよ、と指摘したので、思わず頬を触れた。顔が強張っていたかもしれない。
「……君って良い性格してるよな」
「そうかも」
「そうかもって……」
 彼女は意地悪に笑って、少しだけ目を伏せる。
「チアキくんとしたら、楽しそうだなあって思ってしまうの。他愛もない話をしながらゲームをして、勝ち負けで一喜一憂して、って」
「面会室でする?」
「須田さんから、あなた何を持ってきてるんですか、って冷たい目で言われそう。遊びに来てるわけではないでしょう、って」
「まぶたの裏に浮かんでくるな」
 でしょ?、と彼女が言う。
 外界から謝絶された島、俺も彼女も好きでこの場所に居るわけではない。俺は無実を証明するため、彼女もまた身の潔白を証明するため、そのためにこの島にいることを甘んじて受け入れている。時間が余れば面会中に雑談をすることもあるが、その本質は遊びではない。俺も彼女もそのことはよく分かっている。
 この島を出たら、彼女がぽつりぽつり、雨垂れのように言葉を落とし始める。どこかで待ち合わせして、一緒に遊ぶことが出来たらいいね。
 私もチアキくんもこれからどうなるかよく分からないけど、と付け足す。島の外に出たときのこと、彼女からそういった提案をされたのは初めてだった。
 俺は仕事上、外に出ても身の振り方がどうなるか分からないことは彼女も薄々気がついているだろう。彼女もまた、仕事を長期間休んでいることから、島から出た後にどうなるか分からないと不安を溢していた。
 島を出たら、島を出た後も、彼女は俺に会ってくれる。俺を選んでくれる。
「……それって家で二人きりでゲームってこと?」
「それもいいけど、普通にお出掛けしたり」
「よく知らない男と密室で二人きりになるなんて、少し無用心すぎないか?」
「それじゃあ、何回か一緒にお出かけして、お互いのことをもう少し知ってから?」
 約束する?、と彼女が小指を差し出す。透明なガラス越しに指を重ねた。これが効力があるかは甚だ疑問だけれど、あってほしいとは思う。微睡みの中にいるかのような、彼女と過ごす穏やかな日々が本当のことだったのだと、いつか会うその日に強く感じたい。




 
 真夜中、辺りはしんと静まり返っている。彼女が持ってきた明かりがわずかにその場を照らすだけで、その他は暗闇の中に埋まっている。
 彼女が島を出る日。いつもとは打って変わった無機質な声音で、看守が切り出したその日を迎えた。
 これからどう身を割り振っていくべきか、記憶を取り戻した日から常に考えていた。職業柄、まともな生き方も死に方も出来はしない。任務に失敗した以上、この島を出た後が一番危険だ。彼女と共に生きていきたい。だけれど、そうするには危険が多すぎる。俺一人であれば何とか自分で自分の面倒を見ることができる。今までもそうだった。だけれど隣に彼女が居たら、自分を守ることで精一杯なのに、彼女まで守ることが出来るのだろうか。もし彼女と共に生きていくことを選んで、そしてもしそのことで、俺のせいで彼女を危険に晒してしまったら、彼女が命を落とすなんてことになってしまったのなら、ぞっとする話だった。
 幸せになってほしかった。本当なら彼女の隣に居るのは俺がいい。だけれど、それは叶いそうにもない。そうであると分かっているのなら、いっそのこと突き放してしまおう。彼女が俺を探さないように酷い男を演じて、そして彼女が俺を忘れてしまうように。
 俺は、君を愛さない。その言葉を発したあと、暗闇の中で彼女の顔が歪んだ。唇を引き結んで、眉根を下げた。その表情を見ることが心苦しくなって、顔を背ける。最悪な男だ。最後の最後で、好きなひとに悲しい表情をさせた。泣き出してしまう一歩手前のそれを。
 君と過ごさなければ知ることもなかった。恋の苦しさも、愛は他人を想う感情であることも。






20190615




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