++獲物を狩る目/菅原孝支




まだ26巻くらいしか読んでいないのですが、菅原孝支の職業を知り最高に興奮したので勢いで書いています。







 スガさんが肉食獣が草食動物を捕食するような、ギラついた目をすることがある。ただまっすぐを揺るぎなく射抜く。温厚で優しすぎる節がある彼が持つその目を向けられるとおそらく多くの人は身構えてしまうだろう。勝負を知る目。人生を賭けた勝負をしたことがある目なのだと、私はそう思う。

「え、俺ってそんな目してる?」
「してるよ」
「そっかあ、でも肉食獣というよりは雑食動物の方がしっくりくるかな。なんたって烏野高校出身だし」

 スガさんは中高とバレーボールをしていたらしい。ということについては彼から聞いた。そして成人をした今でも、仕事を終えると地元の青年チームの中に混じってバレーボールをしている。その練習風景を体育館の隅っこで見せてもらったことがある。その体のどこにバネが仕込まれているんだろうと思うぐらいの跳躍、コート上を駆け回る姿は重力を感じさせない鳥のようだ。体育館中に鳴り響くボールと肌が当たる破裂にも似た音、彼の肌とボールがぶつかる度に、その体のどこにそれを受け止めるだけの力が秘められているんだろうとさえ思う。
 中高の彼のことは知らない。だけれど高校生の時の彼がプレイする試合の動画を少しだけ見せてもらったことがある。画質は荒かった。今よりも少しだけ細い身体だったけれどコートにいる彼の姿は頼もしく見えたのはよく覚えている。ユニフォームから伸びる白い脚には余分な筋肉がついていなかった。薄いお腹を精一杯反らせて、声を極限まで張って、汗を滝のように流しながらするバレーは、ただゲームをしているわけではないのだと分かった。一分一秒にすべてをかけているのだと。学生時代私にも何かを打ち込んだ経験があって、最終学年の最後の大会の時にはほんの数瞬に命を燃やしていたけれど、彼のそれの比では無いような気迫だった。こんなに打ち込めるものがあって、こんなに打ち込めることを今も続けていることが羨ましい、とさえ思ったのも記憶に新しい。
 よっこいしょ、と彼が私の太股に図々しく頭を乗せた。ふわふわの淡い髪の毛が肌をくすぐる。子供たちの相手してると腰が痛くてさ〜、と言動も理由までもが年寄りくさい。だけれどそれが甘えるための口実だということも知っている。私は彼の前髪を触りながら、重いんだから程々にしてね、と言うと彼の気の抜けた返事が返ってきた。学生時代よりは鍛えてないしそんなに運動してないから身体鈍ってるんだよね、と時々言う彼の身体はそんな風には微塵に思えないぐらい鍛えられていると思う。筋肉は脂肪よりも重いと聞くけれど、スガさんの身体は薄さに反して結構重いのだ。今も太股に感じる重みが想像よりもずっと重い。

「例えばさ、名前はどういうときに感じるの? その俺の目」
「え、……ん〜〜」

 きゅるんとした目で彼が問いかけてくる。私は彼の髪の毛をくるくるといじりながら、思い当たる節を頭の中で探していく。

「遊びでトスとかレシーブしたりする時とか?」
「えっ、ごめん。俺そんな怖い顔してるんだね?!」
「変な所にボール行った時とかそういう目してる」
「こっちも取らなきゃって思うからかな……? ごめんねバレー嫌いにならないで……」
「ならないよ! もっとマシになれるように精進するね……。あとテレビでバレー見てる時とか」
「それは思い当たる節があるな。プレーの参考になるなって観察しちゃうんだよね。あと知り合いが出てるときなんかハラハラするから……」
「スガさんって意外と勉強熱心だよね」
「意外とってなに?! 日々勉強、勉強の日々ですから……」
「あとは、」
「あとは?」

 言葉に詰まる。わずかな沈黙を逃す彼ではない。丸っこい目を柔和に細めさせる。骨ばった男の手が私の髪を緩く触れて、ニヤリと笑った。顔に熱が集まる。スガさんのこういう食えないところが好きじゃない。一瞬の隙をついて瓦解させてくるような、そういう危うさを秘めている。

「それってエッチなこと?」
「バーカバカバーカ!」
「もしかして当たっちゃった? ねえどういうところ? 名前ちゃん教えてよ〜」
「…………ねちっこいキスしたあとの目がそれなの」
「あ〜なんかきた。今すぐしよう」

 彼が上半身を起こした。予備動作も無しにだ。どこが鈍っているというのか甚だ疑問である。
 泣き黒子が印象的な目元。その目が私をじっと見つめる。鼻先が触れ合うぐらいの距離、今ここで目を反らしたら食べられてしまいそうだ。唾液を嚥下するごきゅりという音が自信の中で響いた。視界の端で彼の白い肌からぽこりと出た喉仏が上下に動いたのが見えたかと思うと、気がつくと体が押し倒されていた。私の頭を腕の中に入れている。
 私の髪の毛を戯れに触れながら彼は勝ち誇ったような笑みで見下ろす。逆光のせいでその笑みが凶悪なものに見えた。
 こういう勝負は目を反らした方が負けだから、私の首元に彼が甘噛みをする。飢えた肉食獣を前に噛みつかれた草食動物はどうすることだって出来ないのだ。








20200912


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