小話まとめ

桜庭、黒野、天道華村、ハイジョ


ランニング/桜庭

「最近健康のために夜走り始めたんですけど」
「女性の一人で夜で歩くのは感心しないが」
「ちゃんと明るいところ走ってるので大丈夫ですって、たぶん」

 アイドルたちが体力をつける一環として、一時期早朝のランニングを行っていた。そのとき私自身は水やタオルを用意していた。今は一部のユニットがしていたり、個人でしていたりするらしい。
 正直最近の体力の低下が著しい。事務所の階段でも息が乱れるほどだ。これも食生活と仕事で動く機会がないからだと重々承知している。ジムに通うか、と思っても運動が長く続いたためしがないし、この不定期な仕事のせいで習慣にするのはいささか難しいと感じていたところ。そんな中で、ランニングならお金もかからず気軽にできるだろう、と提案された。握野さん曰く、やはり毎日走っていると体力もついて体の調子が良いらしく、それならば、と始めたわけだった。

「走ってて気がついたんですけど、邪魔なんですよ」
「何がだ」
「胸が」

 彼がせき込んだ。大丈夫ですか?、と尋ねると誰のせいだと思っている、と地の底から這い上がるような声で桜庭さんが言った。

「走ると揺れるのが邪魔で、どうしたものかなって思ってて、胸支えながら走ったら揺れなくていいんじゃないかな、って思って人気も無かったからやってみたんですけど、後ろからランニングウェア着て走ってきたランナーの人に抜かれてあっ止めよって思いました」
「……君には恥という感情が欠落しているように思えるな」
「いやー、それほどでも」
「言っておくが僕は誉めていないぞ」




いっぱい食べてね/黒野

 ひとりで食べる飯が味気なく思うことがある。
 施設にいたときは何十と人がいた。俺と同じくらいの子供もいれば、ずっと幼い子供もいる。施設にいる職員の数は限られていたから、そのうちある一定の年齢になると必然的自分より幼い子供の世話役に回ることになる。手がかかるやつの世話をするときは、それはもう忙しかったし、そうでなくとも今日は何をしただの他愛もない会話を飛び交わしながらする食事だった。
 野菜炒めの味なんてどこで作っても同じのはずなのに、自分で作ると旨いのかそうでないのかもよくわからない。施設にいたときは、騒がしい煩わしいとさえ思っていたのに、こうやって外に出てひとりで生活をしてみるとそのうるささも懐かしく思った。胡馬北風、そうだな、故郷を懐かしむといっても過言ではないかもしれない。
 今日は朱雀とは別々のスケジュールで、俺は次のライブに向けてダンスの練習をしていた。時計を見れば、八時を回っている。これから帰って飯を食うとなると、九時半にもなるだろう。ぱちんとレッスンルームの電気を消した。今日は珍しく誰も自主練習に来ることなく、ひとり広々と部屋を使って集中できたものの、普段騒がしさに慣れているからか一際寂しく感じられた。
 ぽん、とメッセージが画面に表示された。今レッスンルームですか?、番長さんからだった。
 階下には名前さんがいた。俺の姿をみつけて声をあげると、近くに来る。鼻の頭が赤くなっていた。長い時間外に居たのだろうか。

「ーーお疲れ様です」
「お疲れ様、って、なんでここに名前さんが……」
「ちょうど私も終わったところで。ご飯食べに行きません? 帰りも家まで送ります」
「それは嬉しいんだが……」

 どうかしましたか?、と番長さんが尋ねる。
 事務所には俺よりも年上の人が多くいる。そのせいか、撮影終わりやレッスン帰り、アニさん方がよく飯に誘ってくれる。それは嬉しいのだが、いささか頻度が高いように思えるのは俺の気のせいじゃない。番長さんもしかり、俺は色んな人から気にかかられすぎているような気がしていた。

「アニさん方も番長さんにも、こう、なんだ。特に気つかってもらってるような気がしてな」
「気つかっているというか、皆心配してるんですよ」

 気になっている鍋のお店があって、と名前さんが俺の背中を押すように車の助手席に詰める。事務所の車だけあって、車高が高いが俺にとっては少し窮屈だった。彼女は手慣れた様子でシートベルトをつけて、バックで切り返す。

「黒野さんなら食生活も心配ないかもしれないですけど、一人のご飯って寂しいし、まだまだ育ち盛りじゃないですか。それなのに細いし、紅井さんと並んだときに折れそうで……」
「番長さん、俺はそんなに柔じゃねえぞ」
「分かってますよ、相対的に見てってことです」

 信号待ちで止まる。名前さんはおもむろに店の名前を言って、どの鍋がいいか選んでくださいね、と言った。彼女自身もずいぶんと楽しみにしているらしい。

「……まあ私たちって家族みたいなものじゃないですか。ご飯をたくさん食べてもらいたい母親とお兄ちゃんたちって感じなんじゃないです? 感覚的に」
「その母親っつうのは番長さんか?」
「そうですそうです」
「ちょっと若すぎるだろう、母親っていうには」
「何歳の時の子供だってなっちゃいますね」
 



ヘイヘイヘイ/天道

「あ〜もう彼氏ほしい。やだ今年はクリスマス仕事したくない」
「それ去年も言ってなかったか?」

 名前がグラスをどんとテーブルに置きながら言った。ロックの梅酒が氷で薄まっている。ころん、と大きなふたつみっつの氷が音を立てた。
 頬が赤くなっていることから、既に名前は出来上がっている状態だ。名前ちゃんもっと飲みな、とどぼどぼと華村さんが日本酒を注いだ。グラスの中で種類の違う酒がちゃんぽんされていることを知ってか知らずか彼女がぐいっとあおった。

「クリスマス仕事終わりに事務所で予定も何もない面々がクリスマス会の準備してくれるのに心がだいぶ救われるんですけど、私だって予定をいれたいわけですよ。これから彼氏とディナーなんで、って言いたいわけですよ私は」
「名前ちゃん、いつ別れたんだっけ?」
「先週ぅ、うっ、二ヶ月も続かなかったあ、はークソ」

 初耳である。よくよく聞いてみると、ノリで友人と出会い系のアプリを始めてそこから付き合ったらしい。食事から始まり何度か一緒に出掛けたようだった。しかし名前の仕事柄、基本的に土日は休むことはできないし、定休があるわけじゃない。小さい事務所ながら多くのアイドルが所属するこの事務所のプロデュースを一任されているとなれば、負担が大きいことは俺たちも分かっている。

「ーー俺と仕事どっちが大切なわけ? 仕事に決まってンだろバァーーーカ!! お前に私の代わりは居るけど、事務所のプロデューサーに代わりは今んとこ私しかいねえんだぞ! ……さよなら大手証券会社勤務」
「もっと飲みな」

 過去こんなに荒ぶる名前を見たことがあっただろうか。いやあったな。番組のプロデューサーから嫌みを言われたときだ。
 隣の華村さんが更に酒を注いだ。

「天道さんはいいですよね……。いざとなったらヘイヘイヘイでワンナイトで落とせますもんね……」
「んなわけあるか」




怖いもの見たさ/ハイジョ

「ーー名前さんって、少しでも驚くようなシーンがあると、肩びくってしますよね」
「あと耳塞ぐよな」
「全部の人形が主人公の方向いたシーンとか、スクリーン向きながら目つむってたしね」

 確かに後ろから見てたけど、びくっとしてた。それがあんまりにも気持ちよく驚かせられるから、見てるこっちが笑ってしまいそうになるくらいだ。
 次にハイジョが出演する映画が、少しホラーが混じったようなファンタジーということで、その役作りのために今までも何本かDVDを見てきた。たまにはスクリーンの臨場感を感じるのももいいんじゃない?、という名前ちゃんの一言によって映画館にいるわけだ。外国の児童文学が原作の映画で、対象は子供から10代のオレたちみたいな学生というのも、オレたちが出演する映画とも合っている。子供向けって言ってたけど、驚かされるとこは驚かされるし、メイクも衣装も凝ってたし、あと何よりカメラワークが上手かった。そういう見せ方もあるんだなあ、という風に思うのも、アイドルを始めてからなような気がする。何より面白かったのは名前ちゃんの反応だけど。

「ハヤトっちもちょーっとだけびくってしてたっスよね?」
「バレてる……!」
「……名前さんと、横二人で、びくびくしてた」
「もう俺カッコ悪!」
「でも子供向けって言われてたけどさ、結構怖かったよなあれ」
「そのシーンでもポップコーンぱくぱく食べてた人が言っても信用なりませんね」
「あ、気づいてた?」

 ハルナっちがもくもくと余りのポップコーンを食べている。
 ちょうどお手洗いから帰って来た名前さんが、皆楽しそうに何話してるの?、と尋ねてきた。

「名前さんって怖い映画苦手だよな、って話?」
「バレてる……!」
「驚かされそうなシーンある度に耳手でふさいで、実際驚かされると肩びくっとさせてたのに、ハヤトもそうですけどよく気がつかれなかったって思いますね」
「だから後ろの席座りたかったのにじゃんけんで負けたからもう……!」









20181125

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