終わりのない旅路/若里春名
 どうしようもなく不安になることがあって。

 そう彼が呟いたのは、撮影終わりの車の中でのことだった。なんてことはない雑誌の撮影。ハイジョーカーのこれからのこととか、自身のことのインタビューを終えて、その時はとても楽しそうに答えていた。あの笑顔は、あの嬉しそうな表情は、もしかしたら彼の精一杯の強がりだったのかもしれない。ぼんやりと辺りを照らす月明かりと赤になった信号が彼の横顔を照らしている。その陰りのある表情に、私はどうしていいか分からなくて動揺してしまった。
 どう切り出せばいい、気まずい沈黙が続く中、乾ききった舌の根から出てきたのは、ドライブでもしようか、少し震えた情けない声だった。

・・・

「さいしょはぐー、じゃんけん……」

 ぽん、と双方出したのはちょきであいこだ。あいこの時は真っすぐ進むと決めていた。 信号は既に、黄色の点滅を繰り返す時間帯。そこまで遅いわけではないけれど、人気が少ないからか。周りに車が居ないことを確認してから、ウィンカーを出して進路変更をする。開け放たれた窓からは潮の匂いが漂って来る。
 満タンだったガソリンも目盛りが少し減っている。月の灯りと乏しい街灯が等間隔に並ぶ中、ゆっくりと慎重に車を走らせるとそこは海沿いで、行く道がもうないことを示していた。道なりに真っすぐ進むとそこは小さな漁港で、水平線の遠くで船明かりがついているのがぼんやりと見えた。

「春名、降りる?」
「降りる」

 海側ではない堤防沿いに車を停める。潮風が柔らかく吹く。波がちゃぷん、とコンクリートに打ち上げられる音がした。海は昼間とは打って変わって、黒々しい色をしていた。何もかも飲み込んでしまいそうな色だ。私たちはどちらともなく防波堤の縁に座った。

「何かコンビニで買ってくればよかったかな。コーヒーとか」
「こんな夜中に飲んだら眠れなくなりそうだな」
「確かにそうかも」

 少し笑いながら、仰け反るように月を見る。ほろほろと揺れるような朧月は腕を伸ばせば届いてしまうんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。私は月を掴むように腕を伸ばしながら、なんだかこんな風に夜空を見たのって久しぶりかも、とひとりでに呟いた。
 それから他愛もない話をした。好きな歴史上の人物は、とか、四季ってちょっと危なっかしくて構いたくなるよね、とか、最近しているゲームのアプリ、歩き始める時は左足からそれとも右足から、眠りたくないけど眠い時ってどうしてる、とか。本当に他愛もない話。

「……名前さん」
「ん、なに?」

 こうやって二人で話してみて、私は春名のことを何も知らなかったんだなって思った。最近習ったピョートル一世は名前の響きが面白くて好きだとか、四季は色々やらかすことがあるけどやっぱり憎めないだとか、周りの友達がしているから始めたパズルゲームにはまっているだとか。
 どこかで春名なら大丈夫、と思っていた。最年長ということもあってハイジョーカーの中で頼れる存在だし、大人びている。気を配ることが上手で、私だって何度も何度も助けられた。でも本当は彼も普通の高校生で、アイドルをしているところが普通じゃないだけ。

「……さっき撮影でいろんなこと聞かれてどうしようもなく不安になったんだ。オレたちも近いうちに高校卒業して、そのあとどうするんだろうって。今は高校の軽音部でバンド活動してて、それで繋がりがあるけど、卒業しちまったらもう繋がりなんて無くなって、もしかしたらその頃にはハイジョとして活動することに何の未練も無くなって、いつの間にかメンバーみんなばらばらになっちゃうんじゃないかなって。今まで留年しないためにしてたアイドルだけど、それが無くなったら寂しいなって思って怖くなった。これからメンバーで一緒に居られなくなるかもしれないことが」
「……うん」
「でもそれってもうちょっと先のことだし、メンバーみんなでまだそういうこと話してないうちにうだうだオレが考えてたって何ともならないなって。名前さんと色々喋ってそう思った」

 良かったあ……、と私は大きく息を吐いた。その仰々しさに彼は驚いたようで、いったいどうしたんだ?、と笑う。
 いつもは明るい頼りがいのある年長者の春名が深刻そうな顔をして悩みを口にしてきて、内心どうしようかと思っていたのだ。それが私に解決できることならいいけれど、そうではなかったら。何を切り出されるかも分からない、こんなに深刻そうな顔をして言うのならアイドル活動に関わることで、もしかしたら辞めたいとかそういうことなんじゃないか、そんな考えがぐるぐる頭の中を回って運転中も気が気じゃなかったのだ。

「もう私じゃ解決できないことかもって思ったし、春名が将来に希望が持てないからアイドル辞めたいとか言ったらどうしようって思ってずっと胃がキリキリしてて……」
「名前さん、オレが切り出したとき、声震えてたもんな」
「あーもうばれてるし……。だって春名すごい深刻そうな顔だし、アイドル辞めたいとかだったら引き留めたいけど春名の尊重したいしとか、ほんと一瞬で頭の中で色々と考えが駆け巡って大変だったんだから!」

 ごめんごめん、と春名が笑う。
 色々と考えてたらお腹空いたな、と彼が立ち上がる。ん、と手を差し出されて私は手を取った。

「ドーナツじゃなくて、おでんとか食べたい。ちょっと肌寒いし」
「春名がそんなこと言うの珍しいな、明日は槍が降るかも」

 帰る途中にコンビニ寄って行こう、と言う。彼がおでんを食べたいと言うから、私もなんだかそんな気分になってしまった。
 月が辺りを照らしている。明日はきっと晴れになる。








20170802

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