カレーライス/柏木翼
「カレー食べたいです……」
ぽつりと翼が呟いた。
窓からは涼やかな風が吹くお昼時。太陽はすでにてっぺん付近まで上がり、暖かいというよりは少々殺人的な光を辺りにまき散らしていた。
「それ、私に言ってます……?」
「周りに人、名前さんしか居ません……」
食べたいなあ、うるうるとした目でこちらを見遣る翼に名前は辟易した。自身の高い身長を縮めるように膝を折って名前さん……、と甘えたように見上げる翼はあざとさでいっぱいだ。
「……外に食べに行きます?」
「暑いから外に出たくないです……」
「えー、レトルト?」
「一昨日くらいに事務所にあったやつ、四季くんたちが食べてストック切らしてますよ」
「えー、……作る?」
「……! はい!」
事務所の冷蔵庫の中は、皆が食材をぽんぽん置いていくので、基本的な食材の不足は無いと思いつつ冷蔵庫を開ければ、にんじんにじゃがいも、たまねぎがたっぷり野菜室に放り込んである。こうやって誰かが作る際にスーパーから買ってきた食材もあれば、実家から送られてきて置き場所が無いからと置いていく食材もある。ここは物置では無いと名前が再三言っているはずだが、それが聞き届けられたことは一度も無い。米びつを覗けば、実家から毎月送られてくるのだという翼が持ってきたお米がたっぷり入っている。
「はい、じゃあお米といでください」
「了解です!」
最初に玉ねぎか、と名前は薄く玉ねぎをスライスする。目がじくじくとしてきた。翼にティッシュ!、と涙目になりながら言えば、すかさずティッシュが目元に押さえつけられる。良く出来たアイドルである。
「何合といだんです?」
「えっと、四合」
「……私そんなに食べませんからね?」
「大丈夫です、オレがたくさん食べるので!」
それに余ったら冷凍しちゃえば大丈夫です!、と翼が言うのに、名前はどうせ全部食べるんだろうな、という感想しか芽生えなかった。柏木翼はよく食べる。想定しているよりずっとだ。
「それじゃあ次は、玉ねぎをレンジでちょっと温めてから、飴色になるまで炒めてください」
「名前さんってオレたちに包丁使わせないですよね」
「大事なアイドルに怪我させるわけにはいきませんからね」
そんなに不器用じゃないのに、と彼はむくれるように言った。用心に越したことはないでしょう、と名前がするするとじゃがいもとにんじんの皮をむきながら言う。
チン、と後ろの電子レンジが鳴った。ひとかけのバターが鍋の熱でじゅわりと溶け始める。そこに翼はしんなりとした玉ねぎを放り込んだ。
続いて名前はレンジの中に豚ブロックを放り込んだ。冷凍庫にサランラップでぐるぐるに巻いて置いてあった肉だ。冷凍庫に食材を置くときは日付をペンで書くように言ってあるのでそれがいつから置かれているものなのかはすぐに分かった。ちょうど1週間前、事務所内でけしからんことに角煮を作っていたフラッグスの面々と遭遇して一かけ分けて貰った記憶がある。おそらくその時に残ったものだろう。
「わあすごい、豚ブロック使うんですか?」
「はい。この前家庭で作れる美味しいカレーって言うレシピで、脂身があるお肉を使った方がうま味が出て美味しいって書いてあって」
「それじゃあこのカレーも、美味しく出来ることが確定してるわけですね」
「……美味しく出来なかったらごめんなさい」
「においだけでもおいしいですから! 絶対美味しいです、これ!」
じゅうじゅう、とお肉に焦げ目がつく。翼はきらきらとした目でその過程を眺める。その横顔が幼さを残しているのが可愛くて、実際彼は成人男性で身体の大きさもそれなのだ。らず女性はそういうギャップに弱いのだ。カメラ、カメラでこの可愛らしい瞬間を収めたい。オフショットとしてファンの子にも見て欲しい。その思いで名前がカメラを取りに行こうとすると、ぱしんと翼が腕を引っ張る。名前さん、お料理の最中は目を離しちゃだめですよ。美味しいカレーが作れるかは名前の手にかかっているため、翼の目もちょっと本気だ。ギャップ、と名前は卒倒しそうになる。今回はファンの子には諦めて貰うしかない。
20180919