この世の物とは思えない動き/桜庭薫
そういえば昨日仕事終わり歩いて帰宅してたら車寄せられて、すごいびっくりしました。
桜庭さんの眉根が露骨に歪んだ。ちょっとした世間話の最中、最近不審者が多発しているという話題になった。うちの事務所ではないけどライブやイベントでも脅迫めいた手紙が送られてくるということも最近のニュースで報じられたばかりだし、出待ちするファンを狙った不埒な行動をする人も居るみたいだし、ということを話して、そういえばという形で昨日のことを言っただけのつもりだった。何か気分を害することだったかな、と疑問に思う。
「それは前々からあったことなのか」
「いえ。その道では初めてです」
「その道? その場所以外で何回かあったのか」
「あ、はい。でも今思えば私の考えすぎかもしれないし、今回のも……」
「今回のものは何か実害があったのか? 話しかけられたり、引きずり込まれそうになったりしたのか?」
「いえ。ちょっとバックしたり私の動きに合わせて横について車発進してきたりしただけで。怖かったので走って大通りまで行ったら着いてこなかったので」
はあ、と彼がため息を吐いた。
そこから彼がぐちぐちと、女性一人の夜の一人歩きは危険だと、何かあってからだと遅いのだと、そもそもそんな人気の無い道を歩くなんてどうなんだ、横着しないで遠回りでもいいから大きい道を通れ、と説教をする。
彼の面倒くさいお小言が来た、と少し意識が遠のく。今までも実害は無かったし、私について回ろうって車の方もそんな行動をしたんじゃなくて、ただ単に方向転換したかった、迷っただけなのかもしれない。私はお世辞でも綺麗だとか可愛いだという言葉には無縁の顔をしているので、桜庭さんの言うことも一理あるけど考えすぎじゃないか、と思ってしまう。彼ぐらい顔が綺麗な人だったら考えもするけれど、当の問題になっているのは私なのである。
「君、聞いているのか」
「ぼちぼち聞いてます」
「君は危機感が無さ過ぎるんだ。とにかく夜一人歩きするときは大通りを歩け。それでもやむを得なく人通りが少ない道を歩くときや、後ろや横に怪しい気配を感じたときは、前者なら連絡をするのも手だが、後者は、」
「は、?」
「奇声を上げて奇行をしろ。女性らしいものだと相手を煽ることとなりかねないから、出来るだけこの世の物とは思えない動きをするといい。相手の加虐欲や性欲を低める効果がある。最終手段だ」
「笑って良いですか」
20171103
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