ごき、っと嫌な音がした。入り口の段差で足を挫いたのだ。普段なら絶対にやらかさないはずなのに、悲しいかな今日は運の悪いことに新しいパンプスを履いていることと、夕方で注意力が散漫としていた。手に持っている段ボールを反射的に離してしまう。うわしまった、と横に転けそうになったところで、後ろからがっしりと支えられて事なきを得た。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……。ありがとうございます、信玄さん……」
ドッドッドっと心臓が跳んだり跳ねたりを繰り返している。転けそうになると途端に時間の流れがゆっくりになって、動悸がするのは人間誰しもそうなんじゃないか、と思う。
ちょうど事務所に入ってきたばかりの信玄さんが咄嗟に助け船を出してくれたのだ。
箱の中身、壊れているものがないことを確認して、良かった、とほっと胸を撫で下ろした。
「今足を挫いただろう? 動けるか?」
「あー、ちょっと、若干、いや結構やばい音しましたよね……」
「英雄、段ボールを持って貰えるか。龍は氷嚢と救急箱を」
半分引き摺られるように信玄さんに抱えられてソファに座る。氷嚢を足首に当てて、この具合なら軽い捻挫みたいだしすぐに治るだろう。
「すみません、段ボールは事務所の角に置いて貰えると……。次のリリースイベントで使うので……」
「ああ分かった」
それにしても、信玄さん、私を支えたときにふらりともしなかったなあ。やっぱり体幹が優れているのだろう。彼は筋肉もしっかりとついているから、抱き留められたときの安心感というか圧がものすごかった。男性は筋肉がつきやすいと聞くけれど、彼ほどまでに筋肉をつけるのも難しいんじゃないだろうか。信玄さんは衣装のこともあって筋肉を極度に増やしすぎないよう、減らしすぎないように自己管理もしっかりなさっているし。というよりフレームのお三方は前職のこともあって、筋肉量は他のユニットと比べても多いと思う。
飲み物でも飲むか、と四人分お茶を淹れ始めた彼をじっと見る。足首に氷を当てながら、んー、と私はうなり声を出した。私は何かを見落としている気がする。重要な何かを、だ。
「痛むのか?」
「いえ、そうではなく……」
「どうした、難しい顔をして」
手渡されたマグカップ。それにお礼を言う。彼が心配そうに私を見ている。今日の彼の服装は首元があいたセーターということもあり、鎖骨と、その下の胸筋が視界に入ってくる。あ、これだ、私はの頭が答えを弾き出す。
「胸板貸していただいてもいいですか? あと腕広げてください」
「ん? ああ……」
私はすくっと立ちあがって、信玄さんの胸板に顔を埋めた。反対側でお茶を飲んでいた二人が素っ頓狂な声を上げた。木村さんに至っては、あちっ、との声がしたので多分お茶を零している。
広い肩幅に厚い胸板。筋肉は熱を放出するからだろう、私の体温よりも温かく感じた。こう、女性同士でぎゅっと抱きしめ合うときとは全く違う感触がしてすごく良い。名前?、と信玄さんの困惑しきった声が頭上から聞こえる。これだ、完全にこれである。細身の男性よりも筋肉がついている男性の方がいいと言う傾向がある昨今、このフレーム、なかなかにそのニーズに合致しているのではないか。
筋肉の弾力性を一身に受けた私はすっと顔を上げる。
「私気が付きました。フレームに求められているのは握手ではなくハグなのではと。そうと決まれば今すぐ次からの仕様を変えっ……! っ痛!」
すっかり足を挫いたことを忘れていて、走り出した手前、痛みのあまりに悶絶する。ちょっとそれは恥ずかしいな、信玄さんの照れた声が聞こえる。残念だけどお預けのようだった。だけれどいつか必ずや実行させてみせるハグ会、と私は固く決意した。
20180303