重々承知のうえ/桜庭薫
週1回はカップ麺食べてるって不健康だよな、そう輝さんが話していたことを思い出す。いや全然不健康じゃ無いです。私なんて週4ぐらい食べてます。薫さんがそのとき輝さんに、まさか汁まで飲み干しているんじゃないだろうな、と眉間に皺を寄せて言っていたのもがっちりと記憶に残っている。君も若くないのだから塩分の摂り過ぎと脂質の摂り過ぎには十分気を付けるように。私に言われた言葉でもないのに、耳がとても痛かったのも事実である。
「ごめんなさい……」
私は割り箸をぱちんと割って謝罪した。薫さん宛てではない、むしろ彼が今ここに居て、私のこの乱れきった食生活を見ていたら謝罪どころじゃ済まないだろう。正座で1時間の説教コースか、1週間味の無い健康的すぎるぐらいの献立を立てられてそれを遵守するように監視されるかのどちらか、いやどちらもだろう。とにかく彼がこの場に居たら私は間違いなく死ぬ。これは未来の、体重計に乗って憂う私へ、健康診断で青ざめる私への謝罪である。
ぐうう、とお腹が鳴る。現在お昼の12時半を回った時分。事務所には誰も居ない。例え誰かが入ってきたとしても、今の私は給湯室に居るので、鉢合わせまでに少し時間が稼げる。
「いただきま──」
がちゃ、と運悪く事務所の扉が開く。みのりさんとか山下先生とか、大吾くんならいいなあ、なんて思いながらちまちまと麺を啜ろうとすると、誰も居ないのか?、という最も聞きたくなかった声が聞こえて途端に心臓が早鐘を打ち始める。やばいやばい、なんでこんなに運が悪いんだ私は。キッチンの隅に縮こまって、なるだけ見つからないように食んでいると、足音がだんだん近くまで聞こえてきて死を感じた。せめて麺だけは食べさせて欲しい、スープは飲まなくて良いからせめて麺を、そう必死で願っていたのだが、神さまは残酷だ。給湯室の前まで来た彼と目が合ってしまった。
「ハイ、薫さん」
「キッチンドランカーか、君は」
喉がつっかえて思わず舞田先生みたいなことを口走ってしまった。あはは、と笑いながら麺を口に運ぼうとすると彼の眉間に露骨に皺が寄る。私のライフはゼロに近い。
「そんなところに居ないで、こちらで食べたらどうだ」
「アッハイ」
事務椅子に座って、薫さんはその近くのソファに座る。なんという拷問なのだろう。私が麺を啜る音だけが妙に大きく聞こえて、それが私の心を抉っていく。
「なぜ給湯室で? やましいことでもあったのか?」
「アッ全然そういうわけでは……」
「……今週インスタント食品で食事を済ましたのは何度目だ?」
「……4回目です」
「今週が始まってまだ3日だが?」
「申し訳ございません……」
「謝るのなら僕にではなく自分の身体に謝ったらどうだ」
「常日頃、身体に良くない食事を摂らせてしまっている私の身体、ごめんなさい……」
「……馬鹿正直に謝る人間も初めて見たな」
「え、これ明らかに謝る空気だったじゃないですか……!」
何はともあれ、インスタント食品の良いところは、3分ないし4分ほどで食事にありつけ、足して15分もあれば食事を終えられると言うところだと思う。伸び気味の麺も残り僅か。午後の予定は、とホワイトボードで再度確認すると、なるほど食事の管理も必要のようだな、と彼がぼそりと呟いたのが耳にすとんと入ってきて震える。デスクの下に詰められたインスタント食品が日の目に当たるのも近い。明日、いや今日の夜からが怖い。
20160308
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