浮気/天道輝
「どりーみんない! 踊りましょうーべいびーべいびーここにおいでー! いやーむりがすぎるでしょー!」

 独り言にしては声が大きいのは分かっている。社長に報告書を提出し終え、るんるん気分で事務室に向かう。もうこれで退社だ。長かった一日がようやっと終わった、とスキップ混じりに歌いながら歩く。アイドルたちはほとんど出払っているし、あとはもう事務室に山村さんしか居ないのだから、へたくそな歌を聴かれても別段気にしない。そんな浮かれ気分になるほど、家に帰れること、明日が休みなことが嬉しいのだ。グッバイ9連勤、ありがとう2連休。
 私が歌っているのは言わずもがな、Beitの曲だ。三人の声質、メロディー、そして振り付け何もかもが最高で、Beitのコンセプトである王子さま然としているファン垂涎ものの曲である。この曲が好きすぎて発売してから三カ月ほどヘビロテしていたら、ベースラインまで覚えてしまった。今なお、この事務所のアイドルたちが歌う曲の中で一、二を争うほど好きな曲だ。

「ほう、浮気か」
「っ!?」

 ガチャリ、と通りがかったスタジオのドアががちゃりと開く。その音にびっくりして思わず後ろを振り向いた。そうやって現れたのは、扉に寄りかかり腕を組んで仁王立ちになった天道さんだった。

「う、う、浮気なんて人聞きが悪いですよ! というかなんでここに居るんですか! 今収録じゃなかったでしたっけ?」
「早く終わったから、ダンスの練習」
「うえっ、じゃあ桜庭さんも居るんですか?」
「名前がスマエン歌ってるのも悶えてるのも聞こえて、桜庭顔面蒼白だったぞ」
「違うんです! 最推しは薫さんだし、最推しユニットはドラスタなんです! スマエンは曲がすごい好きなだけなんです!」
「ほら、浮気じゃねえか」

 顔面蒼白になんかなっていないだろう、と後ろから桜庭さんが苦言を呈す。それに付け加えるように柏木さんが、固まってはいましたよね、とさも悪気が無さそうに言った。
 天道さんはによによと笑いながら、Beitのどこが好きなんだ、と小突いてくる。責めるのかほじくり返すのかどっちかにして欲しい。私は浮気では断じてないことを証明するために言葉を続ける。

「……Beitは声質のバランスの良さが素晴らしくてですね……、それがスマエンで最も表れているというか、個人的なベストオブ声帯がみのりさんということで彼の持ち味の透明感のある伸びやかな声音がこの曲では最も如実でめちゃくちゃ好きなんです、あと振り付けが王子さまで! それをピエールくんだけでなく恭二さんとみのりさんも頑張って踊っているのが、一番のやばい所なんですよ」
「悪い、今のベストオブ声帯がパワーワード過ぎて後半何も聞いてなかった」
「聞いて無くて大丈夫です。次ドラスタの良さ語るので。ドラスタはまずメンバーのバランスが良いんですよ。熱い男代表というべき輝さん、その対極に居る冷静沈着で現実主義な薫さん、その二人を取り持つ穏やかな翼さん。一見メンバー同士まったく違う、不仲だと思いがちなんですけど、向いている方向は同じなんですよね。目標に向かって駆け上がっていこうと努力を怠らない姿がもうたまらないって感じなんですよ。それが歌っているときの声音にも表れていて、でも薫さんはぶわっと熱くなる瞬間があって、もうそこがうあああって感じで非常にけしからんって思うんですけど。新曲のムンナイだっていやもうそういうドラスタの一面が見れるじゃ無いですか! デモテープすり切れるかなってレベルで聴きまくったんですけど、何がやばいってえろっ! 艶やか! 今までのドラスタとは一風変わったアダルトな面が濃縮されているというか、」
「おいで?」
「ウワーッ! 抱かれた! 今抱かれた!」

 むりー!、と急激に体温が上がって真っ赤になる顔を押さえながら、むりむりむりみが過ぎる、と言っていると、天道さんがははは、と笑っている気配がする。なまじ顔と声が良いのだ。攻撃力がすごい。本当に無理。

「今ダンスの練習してんだけど、」
「絶対ムンナイですよね。今週、音楽番組で歌いますもんね。私絶対見ませんよ、そんな間近でムンナイ歌われて踊られたら、心臓破裂するので」
「おいで?」
「ひー! いやもうだから無理って言ってるじゃ無いですか−!」

 まあまあそう言わずに、と彼が私の腕を引っ張ってレッスンルームに連れ込む。逃げ腰の私を引きずって、その後ろでがちゃり、と内側から鍵をかけられる。まるで逃がさないとでも言われているようだ。浮気な恋は諦めて貰わないとですね、と柏木さんが笑った。練習の成果を見てもらおうか、と桜庭さんがにやりとこちらを見る。三人の視線が私に向いている。これはころされるやつだ。私は唾液をごくりと飲み込んだ。







20170518

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