もしもインタビュー/桜庭薫
「もしも明日世界が終わるとしたら、どうします?」
卒業文集でもよく尋ねられるような、お決まりの質問だ。桜庭さんはまさかそんなことを尋ねられるとは思わなかったのだろう。少し驚いたように目をぱちぱちとさせて、どういう風の吹き回しだ?、と呆れるように言い放った。
「僕はもしも、などと言う仮定の話は好まない」
「そう仰らないでくださいよ、まだまだ時間あるので、暇つぶしがてら」
彼は、はあ、とため息を吐いて、そうだな、と肯定した。窓からは傾きかけた日が差す。もう初夏も近いというのに、最近の気候と言ったら少し肌寒いくらいだ。おそらく台風か、低気圧が近いからだろう。アナウンサーの受け売りだけれど。それが今は大変ありがたい。
「そうだな。仕事が入っていれば仕事をするし、仕事が休みならば実家に顔を見せに行くくらいはするかもしれない。その時交通機関が動いていればの話だが。無理なら大人しく家に居る」
「すごい模範解答って感じですね」
「僕だけ言うのも不平等だろう。君は?」
「私ですか?」
こう沈黙が続く空気に居心地が悪くて咄嗟に尋ねたから、まさか尋ね返されるとは思わなくてまごつく。えっと、とまごつくと、彼には全てお見通しだったのだろう。ゆっくり考えるといい、幸いにもまだ時間はたっぷりある、と言った。随分トゲのある言葉でいらっしゃる。半分ぐらい私のせいだから仕方が無い。
「普通に仕事、ですかね」
「仕事が休みなら?」
「実家に顔出すような性格じゃないですし、事務所に行きます。いつも通り過ごして、アイドルの顔を見て、帰宅して、お酒飲みながら終わりの時まで待ちますね」
大したことはないな、と彼がぽつりと呟く。大したことなんて言えるわけがない。芸人さんではあるまいし。
はあ、と双方ため息を吐く。何度目だろうか。先ほどから腕時計を何度も何度も見るけれど、一向に短針は進まないし、階段を上がる人の音も聞こえてこない。
はあ、と再び桜庭さんが深いため息を吐く。
「まさか閉じ込められるとは……」
事務所階下にある倉庫、そこに私たちは現在進行形で閉じ込められている。
事務所自体大きいわけではないので、必要性が下がったものは倉庫に行く手筈になっているのだけれど、今日ふいに倉庫にしまった物が次のイベントで必要になり、それを取り出そうと色々と探したり整頓したり、高いところから物を取り出そうとしたりしたところを桜庭さんに見つけられ、そうしてもともと立て付けの悪いドアをばたんと彼が完全に閉じてしまったのが事件の発端だ。ばたん、と音がした瞬間、背筋が凍った。そもそも私か山村くんしか使わないしと高をくくって社長に報告してなかった私の落ち度だし、桜庭さんにも扉は閉めないでくださいとか何とか何も言っていなかったのも悪かった。
「君が良く使う場所なのだから、不具合があれば言えばいいだろう」
「そんな使う場所でも無いですし、立て付けが悪くて1回閉めたら内側から開かないってことは知ってるのでもういいかなって思っちゃったんですよ……」
「そのせいでこうやって閉じ込められているわけだが?」
「ほんとすみませんって、まさかこんなことになるとは……」
もともと倉庫の扉は立て付けが悪い。最初こそ山村くんも私もどちらかが閉じ込められて開けてください、と助けを求めたこともあったものの、慣れとは恐ろしいもので、いつしか倉庫の扉は半開きにするよう身体に染みついてしまった。そのせいで今まで社長に進言することなくここまで来てしまったわけだ。
「……桜庭さんこれから何かご予定ありましたっけ?」
「ああ、天道と柏木とで振りの確認をする予定だ。柏木がドラマの出演でレッスンの穴を空けた分、練習を」
「何時からですか……?」
「四時半からだ」
「なるほど……」
今はその時刻の二時間前。桜庭さんのことだ。きっと三人でダンスの練習をする前に自主練習をしようとレッスンルームの鍵を借りに来たのだろう。
パンフレットやリーフレットがぱんぱんに詰まった段ボール箱に背中を預ける。
「事務所に寄る予定の者はいないのか?」
「それが今日、寄る人が朝か夜かでして……。ハイジョが来るというのは聞いているんですけど、学生ですし、授業が終わる夕方頃になるかなあ、と。今のところ有望なのは、ホームセンターにバミリ用のビニールテープ買いに行った山村くんです……」
「なるほどな」
桜庭さんも脱力して後ろに背中を預けた。
既に連絡はしてあるから大丈夫だと思うけれど。山村くんがスマホを忘れたり壊したりしていなければ。
暇ですししりとりでもします?、と彼が嫌う生産性のないことを尋ねれば、しばしの沈黙のあと、リコンビナーゼ、と聞き慣れない単語が出てきて、それが彼の前職に関わる言葉だと気が付くまで時間はそれほどかからなかった。知識量が違いすぎる。とんだ負け戦だ、そう思いながらゼリーと繋げた。幸か不幸かまだまだ時間はたっぷりある。私が大敗するまでにどうか山村くんが帰ってきますように。
20180702
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