茶番にもほどがある
ついに来てしまった。仕事一筋男っ気今のところ一つも無し。電話越し、母から一言。そろそろあんたもいい人見つけて結婚、
「──うるせ〜! って話なんですよ!」
がこん、とコップをテーブルに叩いた。たゆんたゆんと中の麦茶が揺れる。
「そもそも平均初婚年齢30歳じゃないですか。まだ全然ありますよ、なんでそんな今から急かされなきゃいけないのかマジ意味不明なんですけど!」
「まあ成人してからの五年六年は時間の流れが矢のように速いからな」
私の愚痴を聞くのは天道さんだ。
はー、とぐびぐびと麦茶を飲む。空っぽになったコップにタッパーから麦茶を注ぐ。絵面的に居酒屋で一人で手酌しながら隣のお客さんに絡む超迷惑な女である。
「天道さんもそろそろ言われそうな感じしますけどね。一人っ子の長男じゃないですか」
「そうなんだよな〜。ただ俺、弁護士辞めてアイドルなっただろ? そのせいかあんまり口酸っぱく言われなくなったというか」
「いいな〜、私今度の帰省でお見合いするって言われて……」
「……見合い?!」
「親が見繕った良い感じの人と会うだけ〜、みたいなこと言ってたんですけど、そんなのお見合いと一緒じゃないですか。親がもう約束取り付けたって言ってたから、恋人出来た〜ぐらい言わないと逃げられないと思いますし。だって考えてみてくださいよ。もしその人とお付き合いすることになったら、それもうほぼ結婚じゃないですか。事務所も軌道に乗ってきて、忙しくなってきましたよね。今急ぎ足で結婚なんてして、その人が家庭に入って欲しい仕事は辞めてくれって言うタイプの人だったらやばくないですか。外堀埋められてるわけだしもう私が退職するしか無い方向に……」
「やばいな」
「でしょう?」
「お前いくらなんでもこの年で見合いって早くないか?」
「それ私の親に言ってやってくださいよ! このままじゃ私もう二度と実家帰れなくなりそうです」
「……俺がセッティングするか? 合コン」
え、と口からぽとりと声が漏れ出す。まさか天道さんからそんな言葉が出ると思わなかったのだ。天道さんがセッティング、ということは、元職業柄もあってまず変な人はいないだろう。彼のお眼鏡にかなう人ってことは、外見もしかり収入もしかり、それなりの水準だってことに違いない。それは良いけど、そんな中に居る一事務所のプロデューサーという私はだいぶ異端なのではないか。まだ返事もしていないというのにだらだらと変な汗が流れてきた。
「え、いや」
「だいぶ切羽詰まってんだろ? 名前は来るだけでいいぞ。あと俺メンバー集めるし」
「でもそんな天道さんの手を煩わせるわけには……」
「気にすんなって。じゃあスケジュール的に、今週の土曜日どうだ?」
「大きなライブも終わるのでたぶん大丈夫だと思いますけど……」
じゃあそういうことだからよろしくな、と天道さんが笑った。よろしくお願いします?、と言いながら、何となく嫌な予感がしたのだけれど、予感は予感だと割り切った。
・・・
「──くそわろた」
嫌な予感は的中していた。
ここだ、と事前に知らされていた場所。仕事で少し遅れたので天道です、と店員さんに伝えてその席まで向かうと、正直見知った顔しか居なかった。
「おー名前こっちこっち。名前は薫子ちゃんの隣な!」
「薫子?!」
「仕方が無いだろう。配役を決めるときに負けたんだ」
「薫子ちゃん口調が桜庭になってんぞ」
「……名前ちゃんこっちよ」
「くっそ棒読み」
掘りごたつ式のテーブル、天道さんが真ん前に居て、桜庭さんもとい薫子ちゃんが隣に居る。この感じからすると、私側のテーブルに座ってる人が女、ということになるのだろう。私や桜庭さんの他に渡辺さんと葛之葉さん、硲さんが居る。まさかの人選である。
先に食べててください、と言ったので、もう既にテーブルにはいくつか皿が並んである。私の頼んだレモンサワーが来ると、名前も来たしもう一回乾杯、という天道さんの音頭によりがちゃんがちゃんとグラス同士がぶつかった。
「──で、山下さんと華村さんはどうしてここに?」
「まあ面白そうだったからかしらね」
「そりゃ名前ちゃんのお見合いが心配だったから」
「山下さん本当のところは?」
「たはは、面白そうだったから」
笑い事じゃ無いんですけどね、と枝豆を摘まみながら真意を天道さんに聞くと、名前の仕事に理解があって結婚しても家庭に入れなんて言わずにいる打って付けな男を考えた結果、と言われてぐうの音も出なかった。確かに自社のアイドルと結婚したらめちゃくちゃ楽なのである。そんな茨の道を突き進むような結婚するつもりないけど。
「翼も来たいって言ってたんだけど、今日ラジオの収録だったからな」
「天道さんこのメンバーどういった呼びかけしたんですか?」
「事務所の全体チャット」
「だいぶ愉快ですね?! 通りで一昨日、春名から名前さんお見合いすんの?って聞かれるはずですよ」
「いや〜悪い悪い。でも高校生組も行きたいって言ってたんだぜ? 流石に居酒屋では、って言ったら諦めてたけどさ」
とにかくこの合コンが合コンとしての意味を持っていないという以上、議題は私がお見合いをどう難癖をつけて辞退するか、ということになる。チャットで話してる高校生も来たいと思っていた云々、彼らお祭り騒ぎと誤解してないか。何だか頭が痛くなってきた。
ほのかに温かい焼き鳥を食べる。かなり仕事を詰め込んできたせいでまともにご飯を食べることが出来なかったのだ。お腹がだいぶ空いている。
「結構参加したいってやつも居てさ、結局人生経験順になったよな。身内や周りに何度か結婚急かされたことがあるってのと、そういうのに強そうだなっていう条件で」
「なるほど。ここに集まったのは選ばれし者たちだと」
「そういうことだ」
ということは隣の桜庭さんもそのようなことがあったのだろうか。視線を遣れば、医局時代にな、という返答が返ってくる。皆さん色々と苦労してるんだなあ、とちみちみとサワーを煽っていると、天道さんのよし、という声が聞こえた。
「じゃあ場も暖かくなってきたところだし、男と女に別れてゲームするか。男側は連絡先聞いて帰り誘えたら勝ち、女側は阻止出来たら勝ちな」
「すみませんこの会の趣旨、私のお見合いに対する抵抗手段を編み出すことだと思うんですけど」
「こういうやりとりから打開策を見いだせるかもしれないだろ?」
絶対最近仕事詰め込んでて飲み会出来なかったからそう言うノリでしてるでしょ天道さん、という視線を彼に送るが届いていないようだった。私も最近こういう馬鹿っぽいノリで飲んだことが久しかったので、ちょっと楽しそうだなと思った。天道さんと横に座る信玄さんが、二人はどこらへんに住んでるんだ?、と合コンでよくある定番の質問をしてきたのでそれに答える。やっぱり天道さんはこういう場に慣れているみたいで、会話が弾む。隣の信玄さんは人の良さというか、誠実さが表れていて良いなって思う。二人ともコミュ力あるし合コン強そう。
「どうしよ〜薫子ちゃん〜、天道さんちょっといいな、って思っちゃった!」
「天道なんて軽薄そうな男は止めなさい。隣の信玄さんの方が誠実そうで好感が持てるわ」
「やっば桜庭さんめちゃくちゃ辛辣じゃないですか」
結局結論は、お見合いを躱すには嘘でも良いから恋人が居ると言うのが強い、ということだった。流石猛者たちの言葉だ。重みが違う。いざとなったら今参加してる人で写真でも撮って、親御さんに見せればいいだろう手っ取り早い、と葛之葉さんの言葉になるほど、と返したけれどそんな恐れ多いことが出来るはずがない。
一番口説くのが上手かったのは華村さんで、一番人気だったのは信玄さんだったことを付け加えなければなるまい。そもそも連絡先も何も知ってるのに華村さんに乗せられてしまったのも笑える。終始薫子ちゃんは辛辣だった。硲さんは鉄壁だったし、雨彦さんは誘ってたし、渡辺さんはのらりくらりするのが上手かった。結局飲み会は終電前にお開きになって、誰もお持ち帰りされることなく終わった。いや誰かがお持ち帰りされるなんて怖い話だけど。
20180810
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