4/17髪の毛髭

「わしは魚嫌いじゃ」
 私の横髪を自分の顎に巻き付けて、彼がしわがれた声でそう言った。手元には甘酢あんかけをするために用意した、片栗粉を付けたマス。それを熱した油に投入しようとした時のことだった。
 完全にこの前の金曜ロードショーの一コマだ。悪い魔女の魔法によって、老婆の姿になってしまった女の子のお話。その女の子が助けを求めに向かった動く城で住み込みで働くことになり、そこで出会った可愛らしい男の子と買い出しに向かい魚を見ていた時に、魔法で老人の姿になった男の子が放ったセリフである。わしは魚嫌いじゃ。
 ハルトさんの野菜嫌い、というより苦手なのは知っているけれど、魚も嫌いだっけ、と頭を捻らす。彼と食事をした時に魚を見て顔を顰めた時があっただろうか。ああ思い出せない。思い出せないのは私が食事に夢中になっているからなのか、それとも彼が巧妙に隠しているからなのかさえも分からない。そんな彼が魚嫌いだなんて初めて知った。どうしようもし嫌いだったら、私は平然と嫌いなものを食卓に出していたことになってしまう。私は恐る恐る彼に尋ねた。
「ハルトさん、魚嫌いだっけ……?」
「ただ言ってみたかっただけ! 好きだよ、魚」
 くるくると私の髪を弄びながら、再度顎に髪の毛を付けて、わしは魚嫌いじゃ、と彼が呟く。今思えば彼が物まねなんてしたの、初めてかもしれない。しかも結構似ている。それを馬鹿真面目に考えてしまった自分に対しても、なんだか面白くなってきて、ぷっと吹き出せば、彼がようやく笑った、と安堵の息を吐いた。
「俺の真似が下手だったから、通じていないのかと思った……」
「すごい上手だよ! ただ迫真の演技すぎて、本当にハルトさんが魚嫌いなんじゃないかなって思っただけ!」


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