3/6思わぬところから春がきた。
 冬のコートを着るには少し厚い。かといって春用の薄い生地のコートを着るほど温かくはない。この時期の服装は悩みものだ。日中はほどよく暖かくて春の陽気さえ感じるのに、夜中は思わず身を竦めてしまうほど。
 テレビのアナウンサーの天気予報をしっかり聞いて、今日着ていく上着を吟味する。それは隣で同じくクローゼットと鏡を目の前に身支度をする彼も同じようだった。
「今日は、暑いのか……?」
「気温と抽象的な言葉だけ言われてもよく分からないよね」
「今日は日中はぽかぽかとした陽気ですが、夜中は冷え込むでしょう、とか?」
「どの程度冷え込むのか教えてくださいって感じ」
 うーん、と悩む。昨日の朝通勤の際に眺めてみた感じだと、春物のコートを羽織っている人が圧倒的に多かった気がするけれど。いやしかし夜中の冷え込みを考えると、私が今手に持っている薄い淡い色のコートだといささか防御力に欠ける。私がそうこう悩んでいるうちに、彼はすっぱりと決めたようだ。厚手の黒い、冬用のコートを手にかけている。
「えー、ハルトさんそれ着ていくの?」
「夜は冷え込むらしいから」
「生地の質感とか色が、完全に冬……」
「暑かったら脱げるけど、寒かったら着込めないだろう?」
「確かに……」
 今日も着ることは叶わなかった。ごめんね春物コート。私は手に持っていたそれをクローゼットの中に戻す。玄関に並べてあるパンプスのつま先をとんとんと整えながら履き外に出る。玄関の鍵を閉めたことをドアノブを回して確認する。忘れ物は無い、と頷いた。日が差しているためか暖かくて、冬物のコートだと少し暑く感じられた。
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