5/21 試される腹筋
ハルトさんについて少し不思議に思うことがある。
低い、というより穏やかで優しい声音。何かを話す度にぐりぐりと動く喉仏。綺麗に切り揃えられた縦爪の爪。私の一回りや二回り大きくてしっかりとしている、骨ばった手。私と比べると広い肩幅。見た目よりしっかりとしている胸板。朝に煩わしそうに剃っている髭。それらを考慮するに彼が男性であることは分かる。これは個人的な見解であって全世界の人を代表した意見ではないことを念頭にして主張しておきたい。彼、細すぎやしないだろうか。
リビングのラグの上に居る。横には積まれた本や雑誌があるけれど先ほどから一向にその量が減っていない。たぶん読んでいない。自分が読める分だけの本を持ってくるのを見誤るのは彼の常套手段である。
その彼の姿をじっくりと観察してみる。最初に目に留まるのは腰。腰が細い。余分な肉がついていないとでも言うべきなのだろうか。この前彼に抱きついたときに、まずその腰の細さに驚愕したことは記憶に新しい。冷静に考えて私とどっこいどっこいなのでは、と思うのだけどそれを認めたくない。認めたら負けな気がする。なんで私より食べるくせに、少し運動するとやれ筋肉痛だとか足が痛いだとか言うくせして細いのだろうか。なんだか苛々してきた。
「どうか、し……っ!」
どうかした、という言葉が完全に発話されるより前に彼の足の間に身を据える。首を上に上げて彼のことをひと睨みすれば、目が合った彼がごくりと唾液を嚥下させた音が聞こえた。絶対に今、自分が何をやらかしたのかを必死に頭を回転させて考えているはずだ。自分の腰が細いせいでこうなっていることはつゆ知らず。
「ハルトさん、ちゃんと食べてる?」
「た、食べてる。君の作るご飯が美味しくて、食べ過ぎてしまうぐらい」
「食べ過ぎていてこれかー!」
全力を込めて背中を押す。私の後ろで座椅子のようになっていた彼は、私の奇行に驚いた声を上げた。片方の手に本ともう片方の手に鉛筆を持った彼は、床に手を付けることもできず、自分が床に背中を着かないように必死に耐えている。
「ど、どうかした? 俺、何かしたかな」
「ハルトさんって存在が罪だと思う」
「そ、そんなこと言われても」
ぐぐぐ、と更に力を込めると彼がうっと呻いた。ただ細いと思っていただけの腹部だけれど、私が思うより腹筋があるらしい。上を見上げると、彼が困ったように笑いながらそろそろ苦しいのだけど、とぷるぷると震わせた声で言った。
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