3/23 送りオオカミ
 既に飲み放題もラストオーダーの時間だ。出される料理も五品目を超えた頃になると、それなりに出来上がった図が出来ていた。飲み放題、料理七品付きの四千円のコース。この状態を見ていると、最初にお金を徴収しておいて良かった、と本当に思う。きっと終わってから集めていたら人数と金額が合わなかったに違いない。
 今日は、私が所属している部署での送別会を兼ねた飲み会だ。手頃なお値段、二次会をすることになったときのために周辺に良い雰囲気のお店がある場所、交通手段を考えて会社近くの駅前が好ましい、そう考えて何週間も前からリサーチをしていたかいがあった。送別会の最初は、送別する側とされる側でしみじみとした空気になっていたけれど、一杯アルコールを口に含むとそんな空気もさっぱりと無くなってしまった。皆各々、楽しそうに談笑している姿を見ていると幹事を任された甲斐もあった、と思う。
「いやー、今日はお疲れさま―」
「お疲れさまですー。手伝ってくれて本当にありがとう……!」
 ほろ酔いで、顔を少し赤くさせながら席を移動して話しかけてきたのは同僚の鈴村さんだ。彼とは入社当時からの付き合いで、同部署に配属されたり、同じ案件で取引先を回ったりなど、今思えば一緒になることが多かった。幹事として不慣れな私のサポートに回ってくれて、日程合わせに協力してくれた彼には本当に頭が上がらない。
「そんな俺なんて少ししかしてないし、本当に忙しい所ありがとう。おかげですごく楽しい」
「えーそんな嬉しいこと言われると鈴村さんの株ぐーんと上がる」
「まって、今までそんなどん底だったの!?」
 お酒も相まって大きな声で笑い合う。そのまま軽く話していると、膝に置いていたスマートフォンがぶるる、と振動する。画面に現れたメッセージを見れば、何時ころ終わる?、とのこと。それにあと三十分くらい、と返す。
 心配してくれているのかな、と少し口角が緩む。それを隣の彼は見逃さなかったらしい。によによとした笑みを浮かべて尋ねてくる。
「噂の”ハルトさん”?」
「噂ってなに噂って」
 私は笑いながら、残り少ないゆずサワーに口を付ける。喉にしゅわしゅわとした炭酸が当たって心地良い。
 半年くらい前の飲み会で上司におちょくられてからと言うもの、私が所属している部署内で”ハルトさん”がかなり知られているのだ。本人が居ない場所でこんなに知られているというのもおかしな話である。
「いいなあ、熱々で! 羨ましい! 俺もそういう相手が欲しい!」
「ハルトさん紹介しようか?」
「いやなんでやねん!」
 出来れば女性が良い!、と泣き真似までしだす彼に笑う。彼も良い人ではあるのだけど、バレンタインデーの前に性格が軽薄、という理由で振られたらしい。というのをこの前聞いた。バレンタインデーにめちゃくちゃ落ち込んでいた原因はそれだったのか、と聞いた当初は納得したのだけど、振られる時期も時期で酷な話である。現在は彼女募集中だそうだ。
 スマートフォンがまた振動したので、再び画面に視線を移せば、それぐらいに迎えに行くとの文字。二次会で幹事抜けたら駄目なのではと思い、二次会あるかもだし時間も遅いしいいよ!、とひとまず送る。しかしそれに既読が付かないので、もしかしたらもう家を出ているのかも、という考えがよぎる。
「あー、二次会ってするとき幹事いないと締まらないよね……?」
「まだするか決まってないし、居なくても大丈夫だと思うけど。やるとしても参加できない?」
「迎え来るみたいで、今来なくていいって送ったんだけど既読つかなくてですね……」
「いいよいいよ、そうなったら俺まとめるし」
「うあー、恩に着ます!」
 周囲を見渡せば、料理は粗方食べられているし、時間を見ればそろそろ終わりの時間だ。そろそろかな、と私は呼びかけた。
 店員さんを呼んで、お会計のお願いする。酔い潰れている人はいないようで少しほっとする。お会計を済ませておくから外で待機しているように鈴村さんに伝えると、彼は二つ返事で了承した。お金を払い、ごちそうさまです、と外に出ると店の横でまとまっている。がやがやしていてよく聞こえないけれど、二次会の話をいているみたいだ。私が出てくるのに気が付いた後輩の子が寄って来る。
「先輩―! 二次会行きません?」
「もしかしたら迎えくるかもだからちょっと難し……」
 後ろから下の名前を呼ばれて反射的に振り向く。仕事終わりですぐに来たのかスーツだった。先輩誰ですか?、と隣でこそっと彼女が尋ねてくる。あれ、まだ写真見せたこと無かったっけ、とちょっと照れくさいなあと思いながら言おうとすれば、ハルトさんが口を開く。
「家内がお世話になっております」
 微笑みながらぺこりと頭を下げて、ハルトさんがそう言うと周りの面々がひゅっと息を飲み込んだ音が聞こえた。鈴村さんの冷やかしのような口笛も聞こえて、顔に熱が集まる。
「ハルトさんごめんね、あのメッセージ送ったんだけど、これから二次会……」
 せっかく迎え来てもらったんだし帰りなよ、との言葉や、いちゃいちゃしてろー!、うわ幸せオーラで心が痛い!、との野次が飛んでくる。それに彼も少し困ったように笑いながら、じゃあお言葉に甘える?、と問いかけてきたので、私ももう疲れてるし甘えようかな、と頷いた。お先失礼します、お疲れ様です、と会釈する。歩き始めると酔いが回ってふらふらと覚束ない私を支えるために腰に腕を彼が添える。
「ごめん、メッセージ気が付かなくて……」
「私も電話かけるべきだったと思うし。それに疲れてたから、ハルトさん迎えにきてくれて助かった! ありがとうございます」
 車?、と尋ねるとうん、と返される。近くの駐車場に停めているらしい。
「……君の話を聞いて居ると、もっとぎすぎすしてるのかと思ってたけど、優しそうな人たちで安心した」
「ぎすぎすしてるのは繁忙期だけかな。普段はもっとこう、穏やかだよ、たぶん」
「たぶんって」
 彼が笑いながら、俺のところもそうかも、と言った。

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