4/2嘘下手


 電話口でひとしきり爆笑したあと、ひーひーと半ば呼吸困難になりながらぷるぷるとする腹筋を手で押さえて、私は言葉をなんとか絞り出す。
「あのね、ハルトさん、日本ではもうエイプリルフールは終わったんだよ」
『あっ……!』
 そのあとに小さくしまった!、と言う彼の声が聞こえてきて私は再び笑ってしまう。ハルトさんはどこか抜けている節があるのだ。
 スマートフォンを肩と耳に何とか挟みながら、レンジで温めた牛乳に砂糖とインスタントコーヒーを入れる。トーストしている香ばしい良いにおいが漂って来る。今日は何を塗ろうかな、と冷蔵庫の中を眺める。ハルトさんがいないのが、いつもと違うだけの朝だ。
「なんのジャムがいいと思う?」
『洋梨のジャムが残り少なかった気がする』
「さっさと使い切った方が良いか」
 彼がいないだけなのに、寝室もリビングも広く感じられて、ああ居ないんだと一度思ってしまうと少し寂しく感じられてしまうのは、彼の隣に居ることに慣れてしまったからだと思う。
「ハルトさんはそっちに慣れた?」
『まだ時差で身体がぼうっとするのと、あと久しぶりに英語を使っているから頭が混乱しているけど、だいたいは慣れたよ』
「あんまり無理しないでね」
一週間ほどの出張が決まったのはつい先日だ。ハルトさんの勤める会社にはいくつかの海外支社がある。その海外支社へも半年に一度ほど、本社が視察に赴くのが通例であるらしいが、今回、同伴するはずであった通訳の方が体調を崩したとのことで白羽の矢が立ったのがハルトさんだった。というのもハルトさんは現地で一般に生活していても不自由はしないほど語学が堪能であるからだ。
 彼の方も、突然決まった出張で一週間も日本を離れることになり、最初は不満げだったけれど。上司に掛け合った結果、一週間の出張に見合う休みをもぎ取ることが出来たらしく、今は忙しいながら向こうの生活をそれなりに楽しんでいるみたいだ。
『……君と出会って一緒に暮らし始めたのは、俺の人生の中でとても短い期間のはずなのに、ふとした瞬間、隣に君が居ないと寂しく感じられてしまう』
「それもエイプリルフールの?」
 彼の、「1日ごとに声が1オクターブ高くなってしまう病気にかかってしまって、このまま高くなり続けたら女の子のような声に……」と言う先ほど言われた嘘を思い出して笑ってしまう。そう茶化すように言えば、少しむっとした声でこれは本心、という彼の声が聞こえてきて、私はそれに同意の言葉を続けた。
「でも分かるよ。帰ってきて、誰もいないのにただいまって言ってしまった時の虚無感とか、朝起きて隣にハルトさんが居ない時の寂しさだとか。ああハルトさん居ないんだなあ、って思っちゃう」
『寂しいのは、お互いってことか』
「あと五日ぐらい、って考えると長いよね。耐えられるかな」
『電話はいつでも受け付けております』
「ただし業務中と寝ている時間はだめ」
『君のためなら時間を作って電話に出るよ』
「その言葉しかと聞き届けたぞ」
 くずくすと笑い合う。
 出張から彼が帰って来たら、出迎える方法はもう決まっているのだ。空港まで迎えに行って、彼が出てきた瞬間、海外ドラマのよくできたワンシーンのようにぎゅっと抱きしめる。一週間会えなかった分を埋めるように、精いっぱいの力で。ちらりと横目でカレンダーにつけた丸印を見た。その日が待ち遠しくて仕方がない。

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