
「さ、悟。私のこと、嫌い?」
「……なんで?」
勇気を出して聞いた言葉はすぐさま、暢気で軽い言葉で打ち返された。見事なヒット。からのデッドボール。キャッチボールのつもりだったんだけど。イエスとノーのどちらかで答えられるようにしたのに、それはないでしょ。
いつものように私の一つにまとめた髪を勝手に触っては引っ張ったりクルクル巻いたりする。彼は私の幼馴染だ。よく遊んでくれたかっこいいお兄ちゃん。お金持ちのお坊ちゃんだし、背が高くて頭もいい。たまに二人で歩いていると周りの視線が隣に集まっているのを嫌と言うほど感じる。見た目だけなら本当に、完璧。
でも性格はちょっと、いやかなり曲がってる。平気で嫌がらせをしてくるしそれで泣かされたことは数知れず。今でもしっかり覚えてる。それでも最後に優しくて、必ず慰めてくれる彼のことを、一人のひととして好きになってしまったのはいつからだろうか。
当たり前に近くにいて、当たり前に会える。隣の家に行かなくても向こうから私の家に来ていることもある。彼が少し遠い学校に進学してからは以前より会える時間は減ったし、彼が就職してからはもっと少なくなってしまった。それでもふとした時に現れて、出張の土産を持ってきたとかなんとか言いながらいつもの顔で手を振る彼を見るとどうしようもなくほっとする。そうして思うのだ。
彼は私の事を、どう思っているんだろう。
悟は自分の話をあまりしないほうだ。どこの学校に行ったとか、どんな仕事をしているとか、そんなことは一切教えてくれない。まあそもそもろくな返事が返ってこないだろうからと私も詳しくは聞かないのだけど。とにかく読めない。なにを考えているのかわからない。甘党でいい性格、これが私の限界。余裕いっぱいの彼は私をどんなふうにみているんだろう。幼馴染のバカな子?からかいがいのある近所のこども?……まだ、年下の子ども?
どう思ってるの?これはダメ。どうせはぐらかされる決まってる。私のこと好き?……そんなこと、聞けるわけない!なんとか彼の内心の一部分を聞けて、それでいて、あしらわれないような質問……。
考え抜いた結果がそれだった。
おそるおそる見上げる。目はサングラスのせいでよく見えない。そういえばそのサングラスの理由も知らない。黒い板の下に、空の色の瞳があるのは知っている。色素の薄い目は太陽に弱いとかなんとか聞いたことがあるから、きっとそういう類なんだろう。左手はまだ私の髪に触れている。いいように触られるのをわかっていてこの髪型をやめないのは、別に悟のためなんかじゃない。邪魔になるからだ。とよくわからない言い訳をしてみる。口元は半笑い。あきれてる?また変なことをって思ってる?
「べつに、答えてくれなくてもいいけど」
でもこれに答えないってことはつまりそういうこと。
「嫌い、ね」
繰り返すだけの言葉が妙に痛い。
「暦さあ、今いくつだっけ」
「え?今?……15だけど」
「知ってる」
じゃあ聞くなよ。
「ってことは僕はさ、もう15年もずっと暦のこと見てきてるわけ」
……そういえばそうだ。赤ちゃんだったころから彼に知られているのはよく両親の口から聞いている。
「15年だよ?長いよね、暦だってもう次高校生だろ。なれるならだけど……」
「なれるように今勉強してるの!」
「あはは、頑張れ頑張れ」
髪をいじるのをやめた手が、私の頭にそっと乗せられる。大きな手。昔から彼は私よりずっと大きかった。そしてこれからも、彼は私より先に大人になっていく。夕焼けの空のオレンジが彼の髪に反射している。
「好きとか嫌いとか、そういう話で終わる次元は超えてるんだよ」
予想していない答えに足が止まる。ふうん、そうって返せるほどの余裕は私にはなくて、唇がずっと何も言えないまま震えているのがわかる。
それって、つまり。
「まあ大人のむずかしーい心のことなんてお子様にはまだわかんないよね!」
そのまま軽く頭を叩かれて思わず声が出た。こういうところ、こういうところだよ本当に!せっかくいい感じだったのに。認めたくないけど、ちょっと期待してしまったのに、こいつ!
私の口から出る声を悟は笑いながら躱していく。不満のようにぶつけているこれが照れ隠しだってことはどうかばれないでほしい。サングラスの向こう、私の顔が赤くなっていることも、この心臓がうるさいほど音を立てていることも、全部全部彼には知られたくない。
だってそうでしょ。もしかしたらなんて思ったことがばれてしまったら。また笑ってしつこく弄ってくるのは目に見えてるんだから。
Love is like a flower – you’ve got to let it grow.
- John Lennon
愛とは、育てねばならない花のようである。
ジョン・レノン
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情交と街