
転生後、互いに記憶なし
「五条さんとは、そういうふうになりたくない」
ああ、やっちゃったか。そんなふうに思った。
何故かこの子が欲しかった。
正直言って我ながら、何でそう思ったのかわからない。顔も体ももっと上の女がいるし、手に入れて何かメリットがあるわけでもない。名家の子だとか官僚の子だとか、そういうことも一切ない。あったところでそれが必要かと言われたらまあ、微妙なところ。
ふんわりとコーヒーの香りがする彼女。いまいち垢抜けない化粧とファッションがもともとここの育ちでないことを指し示す。よく言えば素朴で悪く言えば地味。磨けばある程度輝くだろうけど、誰もかれもが振り向くような女では決してない。
彼女と出会ったのは小さな喫茶店だった。店員と客、漫画のような始まりだ。一目「惚れ」とまでは行かなかったけれど、何の気無しに開けた扉の向こうに彼女を見たときに、確かに何か違う感情が湧いたことを覚えている。
普段より柔らかい口調を意識した。一人称も、使ったことのないものに変えた。ブラックはあまり好みではないけど何度も飲んだ。そうして幾日か扉を開けると、通される席が毎度同じになった。試作品を食べて欲しいと笑う彼女はもう「背が高い、怖そうな男」だとは思っていないらしい。常連客の一人にクラスアップしたようだ。
彼女を店の外に誘ってみた。
何度も頭を下げる彼女の手を引いて、まずは昼。洋食屋のハンバーグを喜んで食べているのが何となく、良いなと思えた。合わせて頼んだメロンソーダは彼女のインスタに載せられたらしい。ちらっと見えた画面の中に人は映っていなかった。猫だとか食事だとか。らしいな、なんて思った後で何様なんだと自嘲した。
夜、バイトの帰りを待った後外に繰り出した。そんな高いお店と振る手を止めて、そのまま背中を抱けば猫か何かみたいに跳ね上がっていたのを覚えている。およそ彼女が行かないであろう店を選んだ。ああだこうだと彼女は言うけれど個室に閉じ込められたら箸を持たざるを得ない。「頑張ったご褒美」に彼女が慣れたところで、次のステップ。
遠慮はあれど危機感のない彼女を酔わせ、潰して連れ帰る。一度目は誤解の先にぼろぼろと泣いていたが、二度目となっては気まずそうに縮こまるだけだった。そうだよ、オマエの酒癖が悪いわけじゃない。きっと僕といる時だけ飲みすぎると思ってるんだろ。その先に浮かぶ理由はきっと予想通り。男の服を着て、下着一枚でソファーに座っている彼女はそれがどれほど危ないことかわかっていない。或いは僕ならと思っているんだろう。そう思わせるように仕向けたのは他ならぬ自分自身だった。
だから抱いた。三度目の正直。いつも通りに誘って、いつも通りに飲ませて、いつも通りに連れ帰った。うとうとする彼女の服を剥ぎ取って素肌に触れた。もともと高い体温とアルコールが相まって熱を出しているようで。触れて触れて、抱きしめていれた。途中で目覚めた彼女の問いかけに笑って返事をしてやった。目が覚めた彼女を連れて、風呂でもまた抱いた。
その時に抜き取った学生証を盾にもう一度家に呼んで抱いた。一向に視線を合わせようとしないから少し苛立って乱暴になったかもしれない。控えめな声の中に少しだけ泣きそうな声が混じってたのを気のせいだと蓋をした。
だから、もう良いだろうと思った。次からは普通に呼ぼう。一緒に食事をしてヤって寝る。回りくどいことはなしで、それで十分だと。
店までの道のりで呼び止めて、誘う。
「ひとつ、聞いても良いですか」
「ん?」
「五条さんと、私は付き合ってるんですか」
「いや、付き合ってないけど?」
変なことを聞く。別に告白もしてない、されてない。だから付き合ってない。それで終わり。
軽い気持ちで答えた言葉を聞いた彼女は少し俯いて。
しばらく黙った後、こちらをまた見上げた目は少し赤くなっていた。
「じゃあもう、行けません」
……なんて?
「そういうの、セフレみたいじゃないですか」
じわじわ、染み出した涙。滲んだ声を絞り出すように彼女は続ける。
「五条さんとは、そういうふうになりたくない」
そのまま、彼女は返事を待たずに店の中に消えていった。ああ、やっちゃったか。そうか、見当違いだったか。どうやら己が思う何倍も彼女は賢くて、そして僕が好きらしい。
じゃあ次に打つ手はどれだ。
きっとあと一押しだ。それで決まる。良くも悪くもそれがこれからを全部決める。だいたい何を言えば良いのかわかる。きっとそれで合っている、のに。
どこかしら、心がひりつくような感覚がする。気のせいだろうと首を振った。
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情交と街