
いつ出逢ったのかは覚えていない、多分小学生の頃だった。
呪いが見える体質。同じようにそれが見える人たちは、備わった特別な力で誰かを救う仕事をしているらしい。けれども自分には特別な力なんてなかった。
小さな時から将来の話は母親から聞かされてきた。
「誰かと結婚して幸せになるの」
そのためにいろんなことを勉強した。字もピアノもお花もお茶も。できることはなんでも。自分でやりたがったのか、やらせられたのかも覚えていない。何もない日は木曜日だけで、その日だけは学校の友達と遊ぶことができた。他はずっとなにかを学んでいた。幸い飲み込みは良い方だった。
ずっと心の中に疑問があった。私は誰かと一緒じゃないと幸せになれないのだろうか。幸せにしてくれる人がいないとダメなのだろうか。習い事が自分のためだけじゃなくて、いつかの誰かに選ばれるためのものだとしたら。私は誰かのためだけにしか生きられないのだろうか。
それが、幸せ?
特別な力がなくてもいいよとみんな言ってくれるけど、その力が欲しかった。
木曜日はいつしか空き地での秘密の特訓の日になった。
「生まれた時に全部決まるんだよ」
それが本当か確かめたかったから。
本を読んだ、こっそり人に持ってきてもらった。練習をした、日が暮れてしまうまで。
ある日「特訓中」に声をかけられた。傾いた立ち方をする彼を一目見た時に「わるいひと」だとわかった。目つきが悪いし、何より口の端に傷痕がある。誘拐!犯罪!いろんなことを考えたけれど、その人は何もしなかった。
「お前は中途半端だな」
「持ってない側の人間だろ」
そんなふうに彼は言った。
「手、ぶつけてみろよ」
何を言っているのかわからなかった。ここにと指さされた手、それでと指さされた手。グーの手を作ってぶつけてみた。響いた音の虚しいこと!彼は心底馬鹿にしたように笑って、言った。
「まあ、伸び代があるってやつか」
木曜日は彼との特訓の日になった。今思えば怪しい人間だった。すう、と私を呼ぶ彼は尋ねても名前を教えてくれなかった。力の込め方、体の動かし方、筋肉の使い方。何もわからなかったかつての自分でも彼が天才だとわかった。人ができる限界を超えている。何度も怪我をしたし、彼は容赦なんてしてくれなかった。転んだと言い訳をし続けた。毎週蹴ることも、殴ることも、受けることも、流すこともやり続けた。彼の粗暴な口調が移るほどの時間、彼から少しでも多く盗めるように。弱かった自分がどんどん強くなっていくような気がした。私は夢中になっていた。
いつもと同じように、少し浮き足立ちながら空き地へと向かった。彼はそこにいた。曲がった立ち方は変わらなかった。彼はまたあの時と同じように大きな手を開いて言った。
「手、ぶつけてみろよ」
あの時とは違う大きな音が二つの手の間でなった。それでも一歩も動かず彼はそこに立っていた。
「これで終いだな」
どうしてと問うた。
「その先は俺は知らねえ」
「俺は持ってねえからな」
「お前とは違う」
愉快そうで、吐き捨てるようだった。
これからどうすればいいのと尋ねた。もっともっと教えてもらいたかった。もっと強くなりたかったのに。彼は頭をかいた後、溜息を吐いた。
「お前、他人に指図されたくなかったから始めたんだろ」
じゃあな、と彼は手を振って空き地の外へと向かう。何もかも言いたくてたまらなかったのに、考えに考えて出た言葉はひとつだった。
名前は。
「そうだな、次会ってお前が俺を負かしたら教えてやる」
こうして数年間の特訓はあっさりと終わりを告げた。今でも時折思い出す、口元に傷を持つ彼のこと。あの傾いた立ち方を。あれから一度たりとも彼には会えていなかった。彼はどこで何をしているのだろう。
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情交と街