
よく晴れた朝だ。暖かな日差しは瞼に柔らかな温もりをくれる。一度背伸びをして荷物を置けば、頭はすっきりと冴えていた。
講堂は眠いまなこを擦る学生でゆっくりと満ちていく。この明るくて気だるげな朝が家康は好きだった。
ペンケースとノートを置いて、頬杖をついてみる。授業開始まではもう少し時間がある。思い返すのは昨日の、彼女のことだった。
長い付き合いだ。幼い頃には互いの家に行ったことだってある。同じ小学校で、中学は同じだが年の差で会えなかった。高校こそ違うところだったものの、今ではこうして同じところにまた、いる。
彼女への好意を自覚したのは高校生の頃だった。漠然とした「好き」は以前からあったものの、それが恋慕に成り果てたのは、大学生になった彼女を見てからだった。薄いながら化粧をし、幼い頃とは違った格好をしたひと。それなのに、昔から変わらない顔でそっと笑うものだから。気づけば彼女を追いかけてこんなところまで来てしまっていた。
当て所ない懐古は、置かれた鞄の音で一旦終わりを告げる。隣をみればそこには同級生、伊達政宗がいた。
「Good morning、家康」
「ああ、おはよう独眼竜」
椅子に腰かけた彼はニヤリと笑う。
「それで?昨日のrevengeはどうだったんだ?」
「ああー…それが、」
我ながらなんと歯切れの悪い。そんな顔を見て彼も理解したようだ。
「フラれたわけか」
「フラれた…わけじゃないと思うんだがなあ」
「ah…」
「違うんだ聞いてくれ」
余計な理解まで得た彼の顔が憐れむようなものになる。慌てて訂正しようとしたところにまたひとつ物音がした。
「よぉ家康、浮かねぇ顔してどうした?」
「元親、」
「例の彼女にフラれて落ち込んでる」
「はぁ?あの幼馴染の姉ちゃんにフラれた?」
「だ、違う、違う話を聞いてくれ!」
同情の視線がまた増えた。居たたまれなくなって首を振り、深呼吸をする。
「待ってほしいと言われた」
「hum…」
「うまくはぐらかされたってわけか」
「いや、あいつはそんな面倒なことはしない。今は気持ちの整理がつかないから待ってほしいと」
「あーつまり」
「幼馴染に女として見てるって言われて混乱したと」
「……やっぱりワシ、男として見られてないのか…」
肩に重荷を乗せられたような気分になった。そりゃあそうだろう。彼女に、薫にとって自分はただの幼馴染だ。いつまでも自分を慕う弟のように思っていたに違いない。それは分かっている。分かっていたからこそ、この告白はちょっとした賭けだった。これで彼女が自分のことを意識してくれたら勝ち、拒絶されたら負け。そんな大博打。
「OK、だったら煽って意識させるしかねぇな」
「意識?」
「毎日迎えに行ってダメならもっと攻め込むしかねぇだろ」
「せ、攻め込む?」
「おう、男らしく強引に行ってやれ!」
「き、嫌われはしないだろうか…」
「普通の女なら毎日迎えに来られた時点で嫌いになってる」
「そ、そうか…」
それもそうだ、二人にとっては当たり前すぎたことも、よくよく考えればおかしなこと。それを今まで拒絶されなかった。嫌悪されなかった。心のうちに微かに灯がともる。
「ありがとう二人とも」
「That’s ok」
「気にすんな!とにかく攻めの姿勢な」
「ああ、けど堅実に行くことにするよ」
その時始業のチャイムが鳴る。その音を聞きながら、自分に言い聞かせるために呟いた。
「ワシは耐えるのは得意だ。」
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情交と街