碧の夢
———…
また時は遡り、時は2004年のコメリカに戻る。
誘拐犯から天理を救い出し、催眠能力で記憶を封印した兵部は、天理を抱えたまま倉庫前にいた。
記憶を封印したおかげで、とても穏やかに眠っている。
風邪をひかないよう、天理には兵部が着ていた学ランの上着がかけられていた。
やがて、けたたましいサイレンを鳴らして現地警察と救急車が到着。
警官とともに天理の母が降りてくると、兵部の腕の中で眠る天理に一目散に駆け寄ってきた。
「助けていただきありがとうございます…!なんとお礼を言ったらよいか…!」
「礼には及びません。ただ…今夜のことは、秘密にしていただきたい」
天理の母が涙ぐみながら兵部にお礼を言う。兵部は目を合わせ、催眠能力を発動した。
母親にとっても負担になる今夜の記憶は、忘れてもらいたかったのだ。
そっと天理を受け渡すと、現地警察にも記憶と認識に少々細工をして、兵部はその場を去った。
「あの子が…もう怖い思いをせず過ごせるといいんだがな」
満月への祈りのように、兵部はつぶやいた。
———日本
コメリカから戻った兵部は、バベル地下の特殊監房に戻る前に寄り道をしていた。
パンドラが所有している廃墟の一つ。周辺に人の気配は無い。
まるで現代から切り取られたような異質な空間に兵部はいた。
屋内には、コードにつながれた鉄の球体が置かれ、そのラベルには「號八-伊」と書いてある。
死亡したイルカの脳が入ってるソレに、兵部は手を添えた。
<———皆本…大好きだったよ。愛してる。>
赤いショートカットの女性が、眼鏡をかけた男の手により死亡する、未来の映像。
このイルカのエスパーが予知した未来に変化がないか、定期的に確かめていた。
今日も、その映像に変化がないことを確認する。
悪化していないことに安堵するべきか、変わらぬ未来に悲しむべきか。
手を放そうとしていた矢先、指先から電撃のような衝撃が兵部に走った。
「……!!」
兵部は慌ててポッドに触れなおす。
頭に流れてくるのは、先ほどの映像の続き…荒れ果てた街中の光景だった。
死亡した女性と、眼鏡をかけた男を俯瞰して見ているような映像。
そこに突然、砂嵐が全てを覆う。
砂嵐が少しずつ晴れてくると、そこは屋内だった。
窓の外の景色から、ここが水上であることがわかる。ならば、そこは船内なのだろう。
衝撃で何度も揺れる船内で、テレポートでけが人が何人も現れる。
そのけが人に駆け寄っていく女性の後ろ姿に、この映像はフォーカスしていた。
<今治すから、深呼吸して…>
手をかざすと、まばゆい光に包まれ、けが人は復活したかのように立ち上がる。そしてテレポートでどこかへ消えていった。
まるで戦争をしているかのように、荒れた船内には次々とけが人が運ばれてくる。
この女性が指示役らしく、彼女が中心となっていた。
何度も船は衝撃で揺れる。
兵部はその光景をずっと、女性の背後から見ている状態だった。
どれくらい経ったか、リーダーとして治療にあたっていた例の女性が、突然後ろに向かって倒れこんだ。
周りにいた人間が駆け寄り声をかけるも、女性には全く反応がない。それを見て涙を流す者たちがいる。
そうしていると映像はその人だかりに近づき、倒れた女性の顔を覗き込んだ。
「……!!」
兵部は目を見開く。
倒れた女性は、先ほどコメリカで助けた少女の面影があった。
そして、予知の映像が途切れる最後に、映像の中の一人が叫んだ。
<天理!!>
兵部が見たのは、コメリカで助けた少女の——新たな未来の予知の映像だった。
兵部が驚いていると、伊号の思念が流れ込む。
<コレハ、非常ニ不確定ノ予知ダッタ。私達デサエ、揺レ動キ、ミダレル予知ダッタノダ。
ソレガ今回——二人ガ出会ッタコトデ、コノ未来ガ確定シタ>
「何だと…?この子もパンドラのエスパーになるということなのか…」
ようやく兵部は伊号のポッドから手を離した。
その手は震えている。
あの子と関わったことで、新たな悲劇の種を生んでしまったのかもしれないからだ。
(あのまま人身売買されるよりかは……ッ…いや)
握りしめた拳を額にあてがう。もっと最悪の結果がすぐそこにあった、それを回避できたことに悔いはなかった。
(女王も、この子も…僕が必ず未来を変えてみせる)
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