たまごの目覚め

「そろそろ起きてもいい頃合いか、な…?」
「……」


翌朝。昨日諸泉が拾った女の様子をみるべくして雑渡が女が寝ている部屋に訪れてみれば。

女は目を覚まし、部屋の中の机の上にあった紙と筆を持って何かを書いている最中だった。


「何してるんだい」
「………、」


一瞬女の体がびくりと揺れる。雑渡は自分が開けた障子をゆっくりと閉め、その場に座った。


「…名前は?」
「……………」


女は少し困ったような表情をしてから筆を走らせた。先程まで書いていた紙を一度退けて、新しい紙に何か書いている。
筆をことりと置いた女が、紙を畳にそっと起き、すっと雑渡の方に差し出した。


「何々…袮音…袮音ちゃんって名前なんだね」
「…、」


女はこくりと頷く。
それから先程書いていた紙をまた手にとりすらすらと筆を動かしていく。
また筆が置かれ差し出された紙には、こう書いてあった。


『私は事情があって声が出せません。なので筆談で会話する事をお許し下さい』


綺麗な女文字でそう書いてあった紙に、雑渡は見とれていた。女…袮音は、自分の字が読めなかったのかと不安そうに眉を八の字に落とす。それに気付き正気に戻った雑渡は顔をあげ、言った。


「…あぁごめんね、つい綺麗な字だったから見とれてしまった。
筆談の件だけどもちろん構わない。ゆっくり話そうね」


それを聞いて安心したのか袮音は柔らかくほほ笑む。それからすぐに新しい紙にすらすらを字を書き、また雑渡に見せた。


「"お名前を教えてください。それから、なんと呼んでいいのかも"」
「私の名前、まだ言ってなかったね。私は、雑渡昆奈門だ」
「…??」


雑渡の名前を聞くなり、袮音はゆっくり首を横に傾けて頭上にはてなを浮かべた。口で聞くだけなら、彼女には「ざっとこんなもんだ」と聞こえたために、それが包帯忍者男の名前だとは分からなかったらしい。

そのことに雑渡はすぐ気付いたのか、少し頭の後ろをかいた後、立ち上がった。


「字で書いた方が伝わるかな…近づいても大丈夫?筆と紙を借りたい。」


男嫌いでは困ると思った雑渡がそう尋ねると、袮音はこくりとうなずいた。なるべく怖がらせないようにゆっくりと近づく雑渡。名前はテーブルから身をひき、雑渡がそこで字を書けるようなスペースを作った。

失礼、と雑渡は小さく言い、先ほどまで袮音が握っていた筆を手にとる。墨をたっぷりとつけ紙にのせ、すらりと書いてみせた。


「こういう名前。最初から字で書いてあげればわかりやすかったね、ごめんね」


彼も彼でなかなかの達筆で、袮音は謝ってきた雑渡に首を振って気にしていないことを伝えると、雑渡の名前が書かれた紙を両手で持ち、眺めた。

声こそは出ないものの、口を開いたままの彼女の口からは感激の息がもれる。


「私のことは雑渡さんとか、好きに呼んでいいから。何かあったらこれを鳴らしなね、すぐ駆けつけるから。」


懐から出てきたのは鈴だった。雑渡の手から袮音の手にすとんとおとされた鈴は音を奏でた。聞き心地のよい音に、袮音が薄く笑う。
雑渡は仕事があるから、とすぐにその部屋を出てしまい、一人袮音は残されたが、雑渡が書いていった紙をいつまでも眺め、大事そうに机の引出にしまっていた。



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