尊奈門とたまご

「組頭、あの子が目覚めたって本当ですか!」
「うん。あれ、言ってなかった?」
「聞いてませんよ!」


昼、たまたま食事を袮音のところに持っていこうとする雑渡を見かけた尊奈門は、とても気になっていたあの女の子…つまりは袮音の様子を聞かされていなかったことに気づかされる。あんなに彼女を心配してるところを組頭は知っているはずだから、彼女になにかあったらすぐ自分に知らせてくれるだろうと、そう思っていた自分が馬鹿だったと頭を抱える。


「組頭、私に運ばせてください。」
「別にいいけど、いきなりがんがん話しかけちゃダメだよ?彼女、声が出せなくて筆談だから。」
「は、はぁ…わかりました…」


いきなり頭に入った「あの子は筆談でしか会話できない」という情報に、尊奈門は勿論戸惑った。
なにせ、あの綺麗な顔立ちの女の子はどんな声をしているんだろうかと、そこまで考えていたからだ。

(私はなんて事まで考えてたんだ、これじゃまるで…)

まるで、恋する少年だ。











「失礼します」


食膳を持ち、袮音の部屋にやってきた尊奈門。部屋に来たのが雑渡ではない事に袮音の目が少しだけ揺れた。一方の尊奈門は目を覚ましゆっくり瞬きをする彼女の美しさに思わず口をあけたままそこに片膝ついていた。やがて袮音が首を傾げるのを見て、尊奈門は正気に戻る。


「組頭は急な用ができたので、代わりに部下である私が届けにきました。」
「………」


袮音は浅く何度か頷くとすぐに筆を掴み走らせた。本当に筆談なんだ、と尊奈門はその様子をじっと見守る。やがて書き終わった袮音が紙を掲げてみせた。


「"ありがとうございます。いただきます。"」
「じゃあこちらに置きますね」
「…、」


食膳を置く尊奈門に、袮音が畳を手でとんとんと叩いて尊奈門の注意をひく。ふと顔をあげると、袮音はまた紙を持っていた。


「"お名前を教えてください。"」


そして、雑渡のときと同じように一旦机から離れ、尊奈門に書くよう仰ぐ。自分も組頭もこんな名前だから、書かないと伝わらないんだろうなとすぐに分かった尊奈門は、さらさらと名前を書いて紙を袮音に見せながらいった。


「諸泉尊奈門です。音読みすると、"しょせんそんなもん"になります」
「…、」
「あ、笑いましたね」


雑渡が「ざっとこんなもん」、さらに彼は音読みすれば「しょせんそんなもん」という言葉をなぞった名前に、袮音は口元に手を添えて小さく笑った。その小さな笑みさえも美しい彼女に、尊奈門は心を撫でられたような気がした。


「あの、貴女の名前と、それから…失礼でなかったら、年齢を教えてもらえますか?」
「"袮音といいます。年齢は一八です"」
「えっ…あぁ、じゃあ私と同い年です」
「"本当ですか?"」
「はい」
「"私は、ここにいらっしゃる方は皆私より年上の方ばかりだと思っていたので、"」


"嬉しいです"


口で言う分ならたいしたことない文章だが、筆談では結構な長文だ。書くのに時間がかかった上に2枚に渡ってしまい、最後に袮音は少しだけ申し訳なさそうな顔で尊奈門を見ていた。


「そんな顔しないでください、筆談に時間がかかるのは仕方ない事じゃないですか!」
「"ありがとうございます、尊奈門さん"」


そんな彼女を元気付けたくて、尊奈門は明るくいった。そしてすぐに返事は返ってくる。尊奈門は、筆談上でも名前で呼ばれた事が嬉しくてたまらない。


「袮音さん、私の話聞いてくれませんか?」
「…」
「あ、ご飯食べながらでいいんです。頷いてくれたり、そういう反応だけでいいので…私の話、聞いてほしいんです。たくさん」
「…」


袮音はにこりと笑って頷いた。それから食膳の前に座り、両手を合わせてから箸を手にとり食べる。ふっと尊奈門に投げ掛けられた袮音の視線に尊奈門ははっと気づくなり話を始めた。タソガレドキ忍者隊の日常の話やら、自分の家族の話やら、忍術学園の話やら。頷きながら聞く袮音は時折笑ってみせたりと反応をし、二人はひと時の団欒を過ごしたのだった。





記録:諸泉尊奈門

袮音さんと色々話す事ができました。彼女の綺麗な笑顔も見られたし、筆談という事を除けば案外普通の女性のようだ。年齢は私と同じ十八だとの事で親睦を深められそうな予感。

以上。


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