簪付きのたまご

「袮音ちゃん」
「…、」


朝、いつも通り皆より早く起床した袮音の元へ雑渡がやってきた。

百人いるタソガレドキ忍者隊の飯を作るというのには時間がかかる。朝は日がまだ昇る前、太陽の陽射しがなく少し肌寒いくらいに袮音は起きなければならない。袮音が飯よそいを任されてから早5日たったが、早い時間に起きるのにはもう慣れたらしい。


「"随分と早起きですね"」
「逢い引きのお誘いに来たんだけど」
「"逢い引き、ですか"」
「どうかな」


唐突にそう言われて当然袮音は驚いた。まだ雑渡は寝ていていいはずなのに、こんな早い時間に起きて逢い引きの誘いをしてくるだなんて、と。


「まあ殿には昨日のうちに許可とっておいたし。朝食作って、食べ終わったら出かけるよ。この着物きてね。私が選んだかわいい着物だよ」
「"ありがとうございます、雑渡さん"」






雑渡の言う通りに朝食作りをし、配膳しながら気づいた事があった。壁に、「本日はお休み」「各自昼食をとること」と書いた紙がはってあった。

(わざわざ休みをくださったんだ…)

雑渡の話では、殿も袮音に休みを与えたいと思っていたところだったという。だからこんなに話がすんなりうまくいったのかと納得するとちょうど配膳が終わった。自分の食膳を作り、厨房の横にある休憩室のような小さな部屋で朝食をとった。

(そうだ。雑渡さんが用意してくれた着物着てみよう。あと、準備しなくちゃ…)
















「思った通り、すごく似合ってるよ」
「"ありがとうございます"」
「紙と筆を持参とは用意がいいな。感心感心」


雑渡が用意した着物は、水色を基調とした、大人しく涼しげな雰囲気を醸し出すものだった。物静かな袮音にはぴったりかもしれない。まぁ、彼女ならどんな着物でも着こなしてしまいそうだが、雑渡はあえてこの目立ちにくい着物を選んだ。


「あんまり目だってしまうと、忍びとしてよくないしね」
「"雑渡さんが目立たなくても、私が目立ってはご迷惑をかけることになってしまいますしね"」
「…ていうのが表の理由なんだけど。本当の理由は言わない」
「?」


返事を書こうとした筆が止まり、袮音は雑渡を目にうつして首をかしげた。一方の雑渡は覆面越しに笑うと袮音の頭をぽんと撫でて足を進める。はぐらかされたことに袮音は少しだけ頬を膨らませながら追いかけた。










「…」
「なんでこんな店に来たか…聞きたそうな顔をしているね」
「…、」


二人が訪れたのは、簪など女物の小物が売っている店だった。安いものから少々値の張る高いものまでさまざまな小物が売り物としてならんでいる。袮音は先ほどよりもはっきりとわかるくらいに頬を膨らませた。


「何、私がどこぞの女へあげるのを選ぶために付き添わせたとでも思ってるのかい?」
「…っ」


図星だった。袮音は悔しそうに下唇をきゅっとかむと顔を逸らして、素早く筆を動かす。書き終わった後、勢いよく雑渡の前に掲げてみせた。


「"私と一緒に選んだら、お相手の女性に失礼ですよ!他の女の趣味が入ってるなんて"」

まるで女心がわかってない!
というような、雑渡をしかりたいような素振りの袮音。
雑渡は少しキョトンとした後、クスリと小さく笑った。先ほどまで彼女が見ていた簪を手にとると会計を済ませ、袮音の髪にそれをさしこむ。


「お前がここにきて1週間がたった。飯よそいは5日前からだけど、1週間記念というか…まあ頑張ってるご褒美みたいなものかな」
「……"ご褒美?"」
「袮音ちゃんだって女子さ。簪の一つ持つに越したことはない」
「………」


すぐに鏡の前に駆け出した袮音。団子にした部分には先ほど自分が見ていたあのかわいらしくも上品な簪があった。振り返れば「似合ってるよ」と微笑む雑渡がいて、袮音は柔らかく笑った。



記録:雑渡昆奈門

袮音ちゃんに褒美として簪を買ってやった。もちろん私からのプレゼントだ。簪一つで喜ぶところ、嫉妬したところを見ると、私と変わらない同じ人間なのだと思わされる。まあ、初対面から筆談で不思議な娘ってイメージが付いちゃってたからかな。年相応の可愛らしい女の子の一面が見れて良い日だった。


以上。



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