Round 2 脱出編


Round 2 脱出編

元の世界に帰れない。
それは学園長が調べ上げて、最終的に出した答えであった。
「返してあげたい気持ちは山々ですが、貴方のこれからのことを考えると、なるべく早く真実をお伝えした方が良いと考えまして」
仰る通りである。私が何を思い、何を悩もうとも、時間は冷酷に過ぎ去っていく。それならば、未来へ向かって進むスタートはなるべく早く切れた方が良いだろう。
が、やはり辛いものは、辛い。突然目の前から光が失われたような、深淵の如き絶望を味わう。唇を噛み締めて、泣くのを必死に我慢している私を、学園長は珍しく同情するような眼差しで見つめていた。
とうとう堪えていた涙は決壊し、静かな部屋にぐずぐずとした嗚咽の音が響いた。いつもはマイペースに自由気ままに振る舞う学園長も、その時ばかりは寄添うように私の頭をそっと撫でた。


 ……ハッ。
 まどろみの中に居た意識がハッと覚醒する。ぱちっと目を開けた瞬間、体中を走る痛みに呻いた。全身が筋肉痛を訴えている。そして特に脚の間が酷く痛む。まだ何か入っているような違和感と共にズキズキとした痛みに襲われる。
「ぅ……」
 しかし、呻いた瞬間、自分の喉に焼けるような痛みを感じた。
 どうしてこんなに満身創痍なんだろう、と疑問を抱いた瞬間、昨夜の出来事が頭の中に蘇る。
 見慣れない他人のはだいろ、自分とは違う筋肉質なからだ、欲望を孕んだひとみ。そのどれもが私の体を弄び、気を失うまで蹂躙した。男性二人の劣情が私だけに向けられた、あの壮絶な時間を思い出せば、きゅんと体の奥底が疼いた。
 カァ、と頬が熱くなるのを感じ、脳裏に浮かんだ変な記憶を頭の隅に追いやった。
 何はともあれベッドから出ようと身を起こすと、腰がズキッと激しく痛み、顔をしかめた。
「……おや、お目覚めですか?」
 ジェイド先輩の涼しげな声が聞こえて、顔を上げる。珍しく私服姿の彼は備え付けのポットのお湯を使って優雅に紅茶を淹れていた。
この人、私が気を失うまで、というか気を失ってもなお行為を続けていたような気がするんだけど、どうしてあんなに元気なの? 疲労困憊でげっそりしている私とは対照的に、彼は肌艶も良く、むしろいつも以上に溌剌としていた。意味が分からない。
 今更になって自分がぶかぶかのシャツを羽織っただけの姿だということに気付き、掛け布団で慌てて体を覆った。昨夜はかなりぐっちゃぐちゃに汚された気がするけど、意外にも体に不快感はなかった。いつの間に清められたのだろうか。
「……ぇ、ぃ……」
 昨夜のことについて文句を言おうと口を開いた。『めちゃくちゃ体が痛いんですけど』という言葉はほとんど声として出せず、ただ嗄れた喉からしわがれた音と空気が流れただけだった。
「喉が潰れてしまったんですね。お可哀想に」
「昨日あんだけ喘いでたもんねぇ〜」
 誰のせいだ誰の。
 けほ、と喉の痛みと乾燥に咳き込むと、丁度バスルームから出て来たばかりのフロイド先輩がベッドに腰掛け、私の背中をさすった。シャツを雑に羽織っただけで、下半身はパンツのみの姿は、目のやり場に大変困ったのであまり視界に入れないようにした。
「顔色わっる。大丈夫〜?」
 大丈夫な訳ない、と伝えるべく、思い切り顔をしかめた。
「だいじょばなさそうだね。ほら、お口開けて」
 そう言うと、彼は立ち上がり、デスクに置いてあったオレンジの小瓶を取った。そしてすぐに私が居るベッドに戻ってきた。あの小瓶、昨日はなかったはず。今朝持ってきたものだろうか。
 しかし、この二人から与えられる怪しげな薬は絶対に服用しないと昨夜心に決めた私は、硬く口を閉ざし、ぷいっと横を向いた。
「うわ小エビちゃんの癖にナマイキ〜。大人しく飲めよ」
 ブンブンと首を横に振る。すると彼は「手が掛かる小エビだなぁ」と深く溜息を吐き、開封した瓶の中身を自分で煽った。そして私の顎を強引に掴むと、その唇を押し当ててきた。
 軽く下唇を舐められると、昨夜の余韻が未だに色濃く残っている体はあっさり反応し、すぐに息が上がった。
思わず開いた唇の隙間からぬるりと熱い舌が侵入してきて、口移しで薬が与えられる。飲み下したくないと喉奥を閉ざして抵抗していたが、上顎を、歯列を、舌をねっとり擦られるとたちまち気持よくなって、体から力が抜けた。その拍子にごくん、と薬を飲み込んでしまった。
 飲むべきでないと分かっている薬をまんまと飲んでしまったこと、簡単に発情してしまった自分の体に嫌気が差して気分が落ち込む。しかしスイッチが入ったのか、薬を飲ませてもなお口内から出て行かない舌は、ぬるぬると私の舌に絡んで弄び続ける。ぽたり、とフロイド先輩の濡れた髪から垂れた滴が私の鎖骨に落ちた。
「ん、ふっ……ぁ……♡」
 気持よくなりたくないという思いとは裏腹に、体はどんどん熱くなっていく。そんな自分が嫌で、ぽろりと涙を零すと、力強い腕によって私とフロイド先輩の体が引き剥がされた。
「フロイド、そこまでです」
「えー、なんで邪魔したの。今いーとこだったのに」
「あれから半日も経っていないんですから、手加減してあげましょう」
「えぇ? でも小エビちゃん、感じてたじゃん」
「そういう問題じゃありません! 体、すっごくしんどいのに……って、あれ? 声が出る……」
 反論の言葉を口にして、自分の喉の痛みがすっかり引いている事に気付いた。なんなら全身の筋肉痛もかなり消えて楽になっている。脚の間のズキズキした痛みはまだ残っているが、起きた時よりも大分楽だ。
「今の薬はぁ、治癒作用を付与した強力な栄養ドリンクみたいな感じ。これ一つで消耗した体はかなり回復するはずだよ」
「へぇ……確かに、大分体が楽になった気がします」
「でしょ? なら今からオレとえっちなことできるよね?」
「イ、ヤ、です! 精神的にも疲弊しきってるのでほんと勘弁して下さい」
 お布団を体に巻き付け、フロイド先輩から身を守るようにぎゅっと小さく縮こめて彼を睨み付けた。何が面白いのか、「アハッ、猫が威嚇してるみた〜い」とフロイド先輩は私を見てケラケラ笑った。
 デスクの上で紅茶を淹れていたジェイド先輩は、ガラステーブルをベッドの側に移動させた。そして持参したらしきカップに、先ほど出来上がった琥珀色の液体を注ぎ、ソーサーの上に乗せたそれをテーブルにことんと置いた。
「喉が渇いているでしょう? どうぞ。もちろん危ない物はなにも入っていませんから」
「……本当ですか?」
「誓って」
 そう言うと、彼はポットから別のカップに紅茶を注ぎ、自分でそれを飲んだ。「ほらね?」とでも言うように優しく微笑を浮かべる。
 私は眉をひそめ、しきりに警戒しながらカップに手を伸ばす。すんすんと紅茶の匂いを嗅いだが、特に不審な点はなさそうだった。というか、とっても良い香りがする。
 だ、大丈夫そうかな……? と判断し、恐る恐るカップに口をつける。
「どうですか?」
「……おいしい、です」
 香しい紅茶は渇いた喉によく染み渡った。夢中になってこくこくとカップの中身を飲み干す。
「美味しかったです。ありがとうございます」
「どういたしまして。朝食も出来ていますが、召し上がりますか?」
 ジェイド先輩がニコニコしながら、テーブルの上に銀色のクローシュを置き、パカリと開けた。「軽い保存魔法を掛けたので、ほぼ出来たての味ですよ」中から現われたのは暖かそうなエッグベネディクトと色鮮やかなサラダにコーンスープ。食欲を刺激する、見た目も華やかなラインナップに私のお腹はぐぅぅと鳴った。
「……食べます」
 怪しいヒトから差し出される食事は危険だと分かっていても、私は無力な人類なので空腹には勝てなかった。

 真新しいブラウスに、レースがついた繊細なスカートに着替えた後、三人仲良く朝食を取った。私の席にだけナイフとフォークがないことを申告すると「必要ありませんよ」とだけ言われ、一口サイズに切り取られたエッグベネディクトを口の前に差し出された。
「はい、あーんしてください」
「いや本気ですか?」
「本気ですが?」
「うっそぉ……」
 この食事、全て手ずから食べさせるつもりか、と目を見開くが、ジェイド先輩は至って真面目に頷いた。どうやら本気らしいと知りドン引く。こんなのお互いあまりにも面倒すぎない?
彼はその整ったかんばせに、いっそ神々しいまでの美しい笑みを浮かべた。
「監督生さんは何もしなくて良いのですよ。一人では何も出来なくなって、僕たちが居ないと生きていけないようになってください。そうすれば、僕たちの尾鰭の中から逃げようなんて思わなくなりますよね?」
「……え、こっわ」
 はいこの人魚怖いー! 依存とか言い出す輩に碌なヤツは居ないと相場が決まっている。怖くなってフロイド先輩に助けを求める視線を送るが、彼は飄々とした口調で言った。
「小エビちゃんドンマイ。ジェイドはそーゆーのが趣味らしいんだよねぇ。オレはよくわかんねーけど」
「趣味じゃないなら止めてくれませんか!? 流石にこれは怖いし気持ち悪いんですけど!」
「えー、好きな事に夢中のジェイドは止めんの超面倒だからな〜。それに、別にオレは趣味じゃないだけで、それでも良いって思ってるし。止める理由なくね?」
「なんということでしょう」
 絶句した。味方が居ない。いや、そもそもこの小さな部屋に味方なんて最初から居なかったわ。「小エビちゃん、あーん♡」と何故かフロイド先輩までサラダが刺さったフォークを上機嫌に私に差し出してくるので、もうどうしようもない。眉間に皺を寄せて、しかめっ面で小さく口を開けた。
「ああ……! 小鳥のように与えられた食事を口に含んで咀嚼する監督生さん、なんて可愛らしいのでしょう……!」
「……うわぁ」
 すぐさま私の口にフォークを突っ込んできたのはジェイド先輩だった。大人しく与えられた物をもぐもぐしていると、彼は恍惚とした様子でうっとりと語ったのだ。正直気持ち悪かった。
「はい、小エビちゃん♡」
「んむ……」
「ペットみたいで可愛いねぇ♡」
「……」
 フロイド先輩がこちらをニコニコ見つめている。こっちはこっちでペットの餌付けみたいで複雑だ。
 そんな風に、朝食は全て二人の手から与えられて食べさせられた。正直な感想としては、自分の好きなペースで食べられないのでとても面倒だった。これは本当にオススメしません。
 食後。着替えようとして、「バスルームで着替えても良いですか?」と尋ねると、「僕たちが着替えさせてあげます♡」と言われた。げっそりした。
「いや、それくらいは自分でするので……」
「駄目です。僕の着せ替え人形になってください」
「嫌です……」
 部屋の中をぐるぐる駆け回って、捕まえてこようとするジェイド先輩から逃げ回っていたが、フロイド先輩によってアッサリと捕まってしまう。そのままジェイド先輩に引き渡された私はぶかぶかのシャツを引っ剥がされ、裸に剥かれる。その場にしゃがんで、なるべく体を隠しながら叫んだ。
「やっ、やめてください!」
「今日はどんなお洋服で着飾りましょうか?」
「無視!?」
 恥ずかしさで上げた悲鳴は完全にスルーされた。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌なジェイド先輩はクローゼットを開け、ルンルンしながら中の服を物色した。
「これはいかがでしょう?」
 ジェイド先輩が取り出したのは、黒に近い深緑のブラウスに、ターコイズブルーのスカート。スカートにあしらわれた繊細なレースが清楚で可憐だ。色味が彼等の髪色に似ている。
「……その服、先輩達の髪色に似てますね」
「ええ。監督生さんが僕たち二人だけのものになったようで、素敵じゃありませんか」
「……」
 恍惚と語るジェイド先輩を止めることは出来ないと私もそろそろ分かってきたので、胡乱な目で彼を睨むだけに留めて黙った。
 無言は肯定の内とでも捉えたのか、「それでは今日の服はこれに決まりですね」と言った彼は、ごそごそと再びクローゼットを漁り、黒い布を引っ張り出してきた。それは、割とセクシーなデザインの真っ黒の下着セットだった。多分、サイズは私にぴったりだと思われる。
「よく似合うと思って準備したんです♡」
「そうですか……」
「ふふ、夜が楽しみですね♡」
「…………もう勘弁して下さい」

 ジェイド先輩によって下着からブラウスからスカートまで着替えさせられ、ヘアメイクもバッチリ施された。本当に着せ替え人形になったような気分だったが、しきりに「綺麗です」「かわいーねぇ」と絶賛されれば、嫌な気はしなかった。
 椅子の上にちょこんと座り、ゆるく巻かれた毛先を揺らしながら、私は二人に尋ねる。
「お二人とも、今日はどうされるんですか?」
「今日はオレらオフだよぉ。あ、午後に商談があるから一瞬ジェイドが抜けるけど、それ以外はずーっとここで小エビちゃんと遊ぶつもり〜」
「そうですか……」
 内心、チッと舌打ちをする。今日も脱出作戦を進める予定だったのに、常に監視の目がある状態ではそれも叶わない。
 右手の指先を見ると、オリーブとゴールドのカラーで彩られた、大人っぽいニュアンスのフレンチネイルが目に入った。左手の先には、そっとネイルポリッシュのブラシを動かし、私の爪にネイルアートを施しているジェイド先輩が居た。
「お上手ですね。とってもきれい」
「素材が良いですから」
 そう言って彼は私の手を取って、手の甲に軽くキスを落とした。顔の良さも相まって、まるで王子様みたいな仕草に不覚にもときめいてしまった。
「……なーんかムカつくんだけど」
 私が椅子に座ってドギマギしていると、口を尖らせたフロイド先輩がこちらにズカズカやってきた。そして椅子の前に片膝をつき、指先が先輩達の色に染まった手の甲を恭しく取り、キスをした。普段の粗野なフロイド先輩らしからぬギャップにドキドキが加速する。
「どお? 今の格好良かったぁ?」
「…………悔しながら」
「やった〜!」
 顔を逸らして、小さな小さな声で呟くと、フロイド先輩は無邪気に喜んだ。
「じゃーあ、こういうのはぁ?」
 キスを落としたばかりの手を再び口元に寄せ、べろりと出した長い舌を見せつけた。そして、ねっとりと指を舐められる。
「ん……っ」
 性的な空気を彷彿とさせるようないやらしい舐め方にゾクリと背筋が震えた。皮膚の薄い指の間に舌が通ったとき、思わずビクンと肩が震えた。動いた拍子にジェイド先輩が塗っていた薬指のネイルポリッシュがズレてしまった。
 昨夜、容赦なく叩き込まれた強烈な快楽の記憶がまざまざと蘇る。二人の強い雄によって覚え込まされた快感が呼び覚まされて、体が勝手に期待感で高まる。でも、それと同時に深い恐怖心が首をもたげた。
「あ、あの」
「ん〜?」
「え、えっちなこと、するの、い、嫌です……」
 勇気を出して口に出すと、フロイド先輩は訝しげに首を捻った。
「なんで?」
「だって……そもそも、そ、そういうことは、好き合った相手とするものじゃないですか。昨日は流れで体を許しちゃいましたけど、つ、次は許しませんから!」
「監督生さんは、僕たちのことがお嫌いですか?」
「そ、そういう訳じゃありませんけど」
「なら良いじゃないですか」
「だっ、だめです! 私の貞操観念がなんか駄目だって言ってるんです!」
「貞操観念ですか……それは仕方ないですねぇ」
 ふむ、と顎に手を当ててジェイド先輩は考える仕草をした。聞き入れて貰えたのかと一瞬淡い期待を抱き、速攻で打ち砕かれる。
「では、僕たちは今後監督生さんの意思は完全に無視し、無理矢理行為を行うので、監督生さんは何も心配せずに僕たちを受け入れて下さいね。貴方は貞操観念が緩いせいで僕たちを受け入れてしまうのではありません。ただの被害者なんです」
「? ……??」
 ジェイド先輩が何を言っているのか全く分からなかった。
「とっ、とにかく! えっちなことするのは、駄目ったら駄目です! めちゃんこヤなんです!」
 顔を真っ赤にさせて叫ぶと、何故か真顔になったフロイド先輩が低い声で言った。
「め……ちんこ? ハ? オレの小エビちゃんはちんことか言わねーんだけど」
「は? え?」
「ホラ言い直して。おちんちん」
「え? ……え?」
「おちんちん」
「めおちんちん……?」
「よし合格」
 今何に対して合格が出たの?

 午後。ジェイド先輩によって着飾られたり、フロイド先輩がダル絡みしてきたりと三人でだらだら戯れていたが、三時頃になると、時計を見たジェイド先輩が短く溜息を吐いた。ちなみに今朝方私が「えっちなことはしないでください!」と主張した件は、あの後ナチュラルに流されたことだけはお伝えしておく。
「……そろそろ時間です」
「あ、商談でしたっけ。頑張って下さいね」
「気が進みませんが……行って参ります」
 と、溜息を吐いたジェイド先輩は椅子から立ち上がりドアへ向かって歩き出した。しかし急に立ち止まり、Uターンして戻ってくる。
「ジェイド先輩?」
「監督生さんからの行ってらっしゃいのキスがないと嫌です。僕行きたくありません」
「は?」
 急になんか言い出したぞこの人魚。
「いや、今行くって言いましたよね。ちゃんと行って下さい」
「気が変わりました。監督生さんからのキスがないと僕は動けません」
「気分屋はフロイド先輩で足りてるんですよ……」
「フロイドばかりに甘くてズルいです。僕の事も可愛がってください」
「よく分からない駄々をこねるのやめてください」
 冷たく突っぱねると、ジェイド先輩はよよよ、と泣き真似をし始めた。
「僕は悲しいです……」
「え!? ジェイド先輩泣き真似上手すぎませんか!? すごい、ほんとに涙が出てる……!」
 彼は懐から取り出した白いハンカチで目尻から流れる涙を抑え、いかにも悲しそうな表情を作った。しかしわざとらしい雰囲気がダダ漏れだったため、彼が本気で泣いてないことはよーく分かった。
「ほらほら、可哀相な僕に行ってらっしゃいのキスをください」
「えぇ……」
 呆れた声を出すが、ジェイド先輩はそんな私に構わず、背を屈めて頬を近づける。さぁほらと言わんばかりに、毛穴一つない艶やかな白い頬が目の前に差し出される。
 ……どうせスルーし続けたところで無駄なんだろうなぁ。
 根気勝負で勝てる気もしないので、諦めてそっときめ細やかな肌に唇を寄せる。軽く押しつけるだけのキスを送り、「……これで満足ですか」とぶっきらぼうに言ってやった。
「……ええ! 大満足です。これで元気になったので、今度こそ行って参りますね」
「行ってらっしゃい!!!」
 ジェイド先輩を追い出すように語気を強めて言い放った。ジェイド先輩はというと、プンスカしている私を愛おしげに見つめて、「行ってきます」と共に額にキスを落とした。ちゅっという可愛らしい音がした後、彼は颯爽と部屋から出て行った。ポカンとしている私と、その一連の流れを全て眺めていたフロイド先輩だけが部屋に残った。
「……ジェイド先輩のペースに乗せられるの、なんか悔しいです……」
 ぶすっと口を尖らせると、フロイド先輩は「そーゆーのが得意だからね、アイツ。アズールでさえ、たまにジェイドに調子狂わされるもん」と肩をすくめた。
「アズール先輩にコントロール出来ない相手に敵うわけない……」
「オレ達に勝とうなんざ百年はえーんだよ♡」
 椅子の背もたれにもたれかかっていたフロイド先輩が、椅子ごとズリズリとこちらに近付いてきた。
「ね、オレにもちゅーしてよ。ジェイドばっかずりぃ」
「昨日もそんなこと言ってませんでした?」
「オレ達どっちも小エビちゃんの事大好きだもん。片方ばっか構われんのはヤダ」
 と、むすっと子供っぽい口調で駄々をこねた。一九一センチもある巨人だというのに、どうしてこんなにも可愛い仕草が似合うのだろうと前から疑問だったけど、やっぱり理由は分からない。不思議だ。
 内心少し面倒だと思いつつも、平等さを欠くのは今後のためにも良くないかもしれない、などと考え、椅子の背面に肘を突いているフロイド先輩の方へ近付いた。そのすべすべの頬にそっと唇を近づけようとしたとき、頬を優しく撫でられて、先に唇を奪われる。
 はむ、と下唇を優しく食まれて、ぺろりと舐められる。すぐに唇は離されたけど、また角度を変えて何度も押しつけられた。ちゅっちゅっと繰り返されて、胸の奥が甘くときめく。そっと瞼を持ち上げると、とろりと甘やかな瞳と目が合った。
「……こえびちゃん、かわいーね」
「……や、なんですか、急に……」
「んー? 可愛いと思っただけ」
 再びちゅっちゅと軽いキスを繰り返される。その心地の良さに目を細めるが、ハッと我に返って勢いよくフロイド先輩を突き飛ばした。突き飛ばしたとは言え、力の差は歴然としているので結果的に体が離れた程度だったが。
 とはいえ急な抵抗にフロイド先輩は機嫌を損ねたようだった。苛立たしげに眉をひそめる。
「ナニ。オレに触られんの、そんなに嫌だったワケ。ジェイドは良くてもオレは駄目なんだ?」
 怒りというよりも、なんだか悲しみに近かった。酷く冷たい視線を向けられる。
「……そういうんじゃないです」
 とは言ったものの、こんなありふれた言葉だけじゃ信じて貰えないだろう。信じて貰えることを祈って、もう一度目を閉じ、柔らかなキスを贈った。
「……えっちな流れになりそうな気がして、怖くなって、抵抗しただけです。フロイド先輩に触られる事自体は、嫌じゃないです」
「……そっか」
 ふ、とフロイド先輩の表情が和らいだ。誤解が解けたようでホッと胸をなで下ろした。
 私達の間に和やかな空気が流れたとき、唸るような低いバイブ音が突然聞こえた。派手に舌打ちをしたフロイド先輩は、打って変わって凶悪な顔でポケットに入っていたスマホを取り出し、通話ボタンを乱暴に押した。
「ア? おいてめぇ何イイトコ邪魔してんだ。後で分かってんだろうな?」
「お気持ちは分かりましたので落ち着いて下さい、フロイド」
「……何、ジェイド」
 掛かってきた電話の相手がジェイド先輩だったということで、いくらか苛立ちが収まったフロイド先輩は低い声で用件を尋ねた。
『急で申し訳ないのですが、今すぐにこちらへ来ていただけますか。トラブルが発生しました』
「は〜? マジで言ってる? オレ今日オフなんだけど」
「先ほど従業員の一人が体調不良で早退した所に、急に来客が増えましてね。店が回りそうにないんです」
「アズールは〜? タコちゃん、忙しくなったらホールかキッチンか入るじゃん」
「アズールは一六時から取引先との電話会議があるそうで、自室で待機してます。しばらくは呼べません」
 ジェイド先輩に電話で淡々と告げられ、フロイド先輩はしばらくの間のあと、「ハァ〜〜〜〜ッッ」とふか〜い溜息を吐いた。
「……アー……チッ、わぁったよ。行けば良いんでしょ、行けばぁ」
「ええ。よろしくお願いします」
「へいへい。じゃー行くから」
 プツッと通話が途切れる音がして、フロイド先輩は投げやりにスマホを床に投げた。床に落ちる前に私は「うわっ」と慌ててそれをキャッチした。
「ちょ、危ないですよ。壊れたらどうするんですか」
「知らね。今ちょー萎えてるから」
「話は聞いてましたけど……なんだか大変ですね」
「らしーねぇ。……ハァ〜〜、なーんで出勤しなきゃなんねーかなぁ。超ヤなんだけどお」
 最近聞いた中で最も低いフロイド先輩の声が不穏に響く。やっぱりこの人は怖い人なのだなぁと再確認しながらキャッチできたスマホを渡した。
「はい、先輩」
「……行かないとダメぇ?」
「行くってさっき自分で言ってたじゃないですか」
「そーだけどさぁ。萎える〜。超行きたくね〜……」
 だらぁ、とやる気なさげに背もたれに寄りかかるフロイド先輩。私は腰に手を当て、仁王立ちした。
「もー。ジェイド先輩困ってたでしょう? 行ってらっしゃいのちゅーしますから、ちゃんと行ってあげてください」
「…………マジ?」
 私がそう言った瞬間、フロイド先輩はダラァと椅子にもたれ掛かっていた体を勢いよくバサッと起こし、目を輝かせてこっちを見た。さきほどの不機嫌さはどこへ。相変わらず気分がジェットコースターのようだ。想定よりも遙かにやる気を出されて驚くが、まあやる気があるに越したことはないだろう。
「マジですマジ。はい、こっち向いてくださいねー」
「うん♡」
 ニコニコ上機嫌で差し出されたほっぺたに、ちゅ、と軽くキスをする。するとたちまちフロイド先輩は元気になり、「やる気出たー!」と勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ行ってくるね♡ イイコにして待ってるんだよぉ♡」
「はぁい。行ってらっしゃい」
 気分の上がり下がり激しすぎない?
 今にもスキップしそうなくらいの勢いで、フロイド先輩はルンルンと部屋を出て行った。私は微笑みながらその背中を見守り……ドアが施錠された瞬間、ニヤァ、と口角をつり上げ、目を細めてほくそ笑んだ。
 ――計 画 通 り。

「い、今だーーー!!!」
 二人がこの部屋から出て行った今しか脱出のチャンスはない!
 考えろ、今私は何が出来る?
 昨日、私はアズール先輩には助けを求めるべきでないと判断したが、もう背に腹は変えられない。脱出に失敗した場合の最悪なパターンは昨晩体験したから、どうせまた失敗してもあのルートに強制的に連れ込まれるだけだろう。それならば、一度アズール先輩に助けを求めてみるのもアリだ。アズール先輩とリーチ先輩達がグルで、私の謀反が即バレた場合は……泣く泣くあの責め苦を受け入れよう。
 とはいえ、スマホ等の連絡手段もないこの部屋から、どうやってアズール先輩にSOSを求める? うーんと頭を悩ませながら部屋の中を見渡し……ふとデスクの上に置いてあった錬金術の教科書が目に入った。暇つぶしのために教科書が欲しいと言った割にまだ一度も見ていなかったが、脱出に向けての大きなヒントとなってくれた。
「――鏡面通信化薬だ!」
 週明けの授業の小テスト範囲である鏡面通信化薬。あれはムーンウォーターと人魚の涙、そして深海の海藻で作られる。ムーンウォーターと人魚の涙に魔力が含まれているから、魔力を込めなくても完成させられる魔法薬の一つだ。
 ムーンウォーター。月光の光を浴びた水のこと。昨晩コトが始まる前、ガラスのコップに入れた水道水を窓際のデスクに放置していたため、この水は一定時間月の光に照らされたムーンウォーターになっている。本来ならもっと長い時間月の光に照らされた精製水をムーンウォーターとして使用すべきだが、きっとこれでもなんとかなるだろう。きちんとした製品に比べれば効力は弱いだろうけれど。
 人魚の涙。これは先ほどジェイド先輩が置いていったハンカチから採取することにする。嘘泣きで涙を流すというすごい芸当を見せてくれたジェイド先輩には感謝しかない。嘘泣きとはいえ涙は涙だ。人魚の涙を数滴吸収したであろう白いハンカチをムーンウォーターに沈める。
 深海の海藻。これが最大の難関だった。窓の外には沢山の海藻が海の中をたゆたっているのが見えるけれど、いかんせんアレを取りに行くことが出来ないので困る。やっぱり窓を叩き割って逃げるしか……と考えたとき、ふとクラスメイトが以前話していた内容が頭に蘇った。男子高校生と猥談は切っても切り離せない物。昼休み中、教室でワイワイ語りあっていたあの内容に「へぇ」と思ったものだ。
「……確かローションって、海藻が原材料なんだっけ」
 クラスメイトのマイケルくんが喜々として知識を披露していた覚えがある。マイケルくん、君の情報を信じるよ……!
 昨晩使ったローションは、鍵の掛かったチェスト四段目ではなく、ベッドサイドテーブルのひきだしに入れていたのを私は目撃していた。移動していないでくれ……!と祈りながらエイヤッと引き出しを開ける。そこには筒状のローションボトルが入っていて、私は歓喜の声を上げながらローションを取り上げた。
 取り出したローションボトルのキャップを外し、中身をだらぁっとガラスのコップの中に垂らす。効果の高い鏡面通信化薬とは、遠い距離、長い時間での通信を可能とする。今回の魔法薬に使ってる水は水道水だし、ローションには怪しい薬が入ってるし、不純物満載の薬ではあるが、短い距離、短い時間での通信ならばなんとか耐えてくれるだろう。
 三つの材料を投入したガラスのコップを揺らし、中身を混ぜ合わせる。どうか成功して……!と祈りながらコップの中身を食い入るように眺めていると、中の液体が僅かに青みがかってきたのが分かった。
「成功……っ!」
 良い鏡面通信化薬ほど、深い藍色になる。私が作った薬は淡い青色でしかないため、効き目は非常に弱いようだが、それでも色が変わったのだから成功は成功だ。バスルームに移動し、洗面台の前にある大きな鏡にバシャッとお手製の魔法薬をぶっかける。
「オンボロ寮の監督生が命じる。オクタヴィネル寮寮長、アズール・アーシェングロットに繋げよ……!」
 鏡面通信化薬とは、鏡の世界に住まう鏡の妖精の力に働きかけて完成させる魔法薬だ。たとえ薬の効果が弱くても、鏡の妖精にこちらの要望が伝わるよう、心を込めて唱えた。
 ドキドキしながら鏡面を見つめていると、映っていた自分の姿がゆらぁと不自然に揺らいだ。この揺らぎこそ鏡面通信化薬特有の現象である。
「きた……!」
 どうやら成功したようだ。揺らぎが落ち着くと、鏡の向こう側に、部屋で仕事をしているアズール先輩の背中が映った。恐らく先輩の部屋にある姿見と繋がっているのだろう。
「アズール先輩!」
 鏡に向かって叫ぶと、ペンを持ってしきりに何かを書いていた彼はビクッと肩を震わせた。
「か、監督生さん……?」
 こちらを振り返ったアズール先輩は驚愕の眼差しをこちらに向けた。手にしていたペンを置き、早足でこちらに駆け寄る。
「貴方、あのウツボ共に監禁されていると聞きましたが無事ですか?」
「はい、なんとか。……って、先輩も知ってたんですね、このこと」
「ええ、一応あいつらから報告がてら、ついでに釘を打たれましたから」
「釘?」
「万が一貴方が僕に助けを求めても、決してその部屋から出してはならない……とね」
「……っ」
 引き攣った声が私の喉から漏れた。
 頼みの綱だったアズール先輩だったが、どうやら協力は仰げないようだ。同情した眼差しが鏡越しに向けられ、私は顔を強ばらせた。
「……ってことは、アズール先輩に助けてって言っても、無駄ということですか」
「……まあ、そうなりますね」
 やはりワンチャンはなかったのだと、私はガックリ肩を下ろした。しかし、そんなあからさまに気落ちした私を見かねてか、アズール先輩は声をかけた。
「……心中お察しします。あのウツボどもに囚われるなんて、屈辱しかないでしょうね」
「屈辱って……アズール先輩はリーチ先輩達のことをどう思っているの……? と、思いましたが、今はそれについて突っ込むつもりはありません」
「ええ、それがいいでしょう」
「あ、ていうか今お時間大丈夫でしたか? 確か会議があるって聞きましたが……」
「先ほど終えたので平気ですよ。そろそろモストロ・ラウンジに戻ろうとしていた所です」
「そうでしたか。それなら良かったです。……はぁ。折角アズール先輩と連絡が取れたって喜んだのに……」
「それは残念でしたね。……ところで貴方、どうやって今僕に連絡を取っているんです? 鏡越しに姿が見えますし、まさか鏡面通信化薬を? よくその部屋にそんなもの持ち込めましたね」
「ああ、さっき作ったんです」
「待ってください。作ったんですか? その状況でよくそんなもの作れましたね?」
「部屋にあったあり合わせで……」
「あり合わせの域を超えてません?」
 ズレた眼鏡を抑えている姿に、よほど動揺しているのだと窺えた。その動揺に、更に揺さぶりをかけてやろうじゃないか。心の中で悪い笑みを浮かべ、私はわざとらしく溜息を吐いた。
「先輩を手を借りられないなら……もうこ窓ガラスを割ってココを脱出するしかないですね」
「急に何を言い出すんですか?」
「昨日から考えていた事です。ガラスをぶち破って外に出るんですよ」
「それだけはやめてください。頼みますから」
「じゃあ私に協力してくれませんか? 窓ガラスを破られなくなかったら」
「……」
「はぁ。気が進まないですけど、窓を割るしかないみたいですね……椅子とかぶん回したら多分いけるでしょ」
「……どうせ女性がそんなことをしても、うちの寮の強化ガラスは割れませんよ」
「やってみないと分からないですよね! 割れたら割れたでラッキーってことで……それじゃあ行きます!」
「分かりましたからやめてください!」
「言いましたね?」
 バスルームを出て、椅子を掴んだ私の背後からアズール先輩の鋭い声が飛んできた。作戦成功、とニヤリと笑って鏡の前に戻る。鏡の向こうには妙に疲れた顔のアズール先輩が居た。
「貴方は本当に……豪胆というか……」
「えへへ」
「褒めてないんですよ」
 ジト目で鋭いツッコミが飛んでくるがダメージは皆無であった。だってこっちの勝ちだもん。
 アズール先輩は疲れ顔からスッといつも通りの表情に戻り、冷静な口調で話し始めた。
「貴方に手を貸すことはあいつらから禁じられていますが、助言することは止められていません。物理的に手助けをすることはできませんが、脱出に向けてのアドバイスをする、ということでいかがでしょう」
「乗ります」
「契約成立ですね」
 鏡越しであるため契約書は交わせないが、私達の間でそんな約束事が取り交わされた。
そう話している内に、僅かにアズール先輩の姿がぼやけてきて、声も遠くなってきた。魔法薬の効果が切れる時間が迫っていることをお互い察したので、どちらも普段より早い口調で話す。
「アズール先輩。ここから脱出する上で困っているのが、この部屋のドアノブに触れると速攻でリーチ先輩達が来てしまう事なんです」
「なるほど。人が触れると作動する警報タイプの魔法をドアノブに掛けているようですね」
「みたいです。あと、私につけられている首輪と、この部屋のドアに掛かっている鍵が見当たらない事にも困っています」
「状況は把握しました。時間がないので手短に説明します。恐らく、ドアノブに掛かっているロックを施錠するための鍵はどこにもありません」
「えっ、じゃあどうやってここを抜け出せば」
「まあ話は最後まで聞いて下さい。いいですか、ドアノブに掛かっているロックと、警報魔法は連動しています。警報魔法が掛かっている限りロックは外れません。おそらく貴方の首輪にも同様の魔法が施されていることでしょう」
「なるほど……警報魔法さえ解除できれば自然とドアは開くって事ですね」
「そうです。で、肝心の警報魔法の解除ですが……幸か不幸か、貴方を閉じ込めているあいつらは人魚です。頑張ればなんとかなるでしょう」
「どういうことですか……?」
「人魚の……あっ!」
「ああっ!」
 鏡の向こうに見えるアズール先輩の姿が急速に薄れていく。消えていくアズール先輩に向かって反射的に手を伸ばすが、ダンッと平らで冷たい鏡面に手が当たるだけだった。
「アズール先輩!」
「監督生さん、人魚の鱗です! それを使って……」
 どんどん遠くなっていくアズール先輩の声が最後にメッセージを伝え残した。アズール先輩の姿が消えきった後には、青白い顔で呆然と立ち尽くす私が鏡に映っていた。
「ほとんど手掛かりを掴めずに終わっちゃった……!」
 洗面台に手を付き、肩を落とす。材料も少なく、その上どれも純度が低い物でできた鏡面通信化薬だ。効果がすぐに切れてしまうのは目に見えていた。しかし、ほとんど何も教えて貰えないまま通信が途切れてしまったのは本当に悔やまれる。
人魚の涙もムーンウォーターも全て使い切ってしまった。これ以上追加で作るのは無理だ。ここまでか……
「……ううん、でも少しは教えて貰えたんだ。なんとかこの手掛かりを頼りに脱出しなきゃ!」
 ぱしん、と両手で頬を叩き、自分を奮い立たせた。諦めるのはまだ早い! あの二人の思い通りになんてなってやるもんか! 最後の瞬間まで諦めない!
 シャキッと背筋を伸ばし、ベッドルームに戻った。途中で通信は切れてしまったものの、アズール先輩は「警報魔法とロックは連動している」と教えてくれた。そしてあの口ぶりでは、警報魔法の方が解除のチャンスが高いようだった。
 つまり、どうにかして警報魔法を解錠すれば良いのだ。
「……まあ、その方法が分からないから困ってるんだけど……」
 自分につけられている首輪の継ぎ目に手で触れる。ガチャガチャと弄ってみるが、一向に外れる気がしない。
「あ」
 警報魔法とロックが連動しているならば、ロックを解除しても良いということだ。どうにかドアノブか首輪のロックを鍵なしで外すことは出来ないだろうか。それこそピッキングとかで。
 確かデスクの引き出しの中にあったメイクボックスにヘアピンが入っていたはず。引き出しの中を漁ると、案の定黒くて細いUピンが何本も入っていた。その内の一つを拝借し、U字に曲がったそれを真っ直ぐに伸ばす。確か、最終的に鍵穴が回れば良いんだよね……?と元の世界で昔読んだピッキングのコラムを必死に思い出しながら、ピンの先を鍵穴に慎重に突っ込んだ。ちなみにこんなこと言ってますがピッキング初心者です。
 バチッ。
「えっ」
曲げたUピンを鍵穴に入れた瞬間、手の平に電流が走った。
え? 待ってこれアウトなの? 手で直接触らなくてもアウト判定がでる仕組みなんですかこれ?
だらりと嫌な汗が額を伝う。
 マズイ。これは、マズイやつだ。私がドアノブに触れたという情報が、向こうに通告されてしまった。
 すぐにあの二人が、ここに来てしまう。そして……
 ガチャリ。扉が開く金属音がこんなにも冷たく恐ろしく聞こえるのは生まれて初めてだった。
 ゆっくりと開く扉の奥には、口元を笑みの形を象った、しかし目元が一切笑っていない、そっくりな顔をする二人のウツボが立っていた。
「悪い子の監督生さんには、お仕置き、ですね♡」
 ――そして、懲りずに脱走しようとした私を、懲らしめに来る。

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