Act-08 贈り物 後編
諸星は果物の籠を山と積んだキャスターを押して、ディーヴァの個人の控室に向かった。
「ここか……」
クラシカルな紐文字で<ディーヴァ>と書かれた木彫りのプレートの吊るされた部屋の前に立ち、ノックをしようと手を上げた時、部屋の中から透き取った声の歌が聞こえてきて、思わずノックをする手を止めた。
(なんて… 声だ?)
ドア越しにもわかる声はとてもリラックスして歌っている。
音楽、という言葉通り、音を、歌う事を楽しんでいるのが分かる。
(歌媛という呼称は伊達じゃないって事か)
♪・・・・・・・・♪
I'm a little teapot, short and stout.
Here is my handle, here is my spout.
When I get all steamed up hear me shout.
Tip me over and pour me out…
♪・・・・・・・・♪
(マザーグースの小さなティポットか)
諸星はくすりと笑う。
ジンらしき気配がない、ということは外せぬ用で部屋の中にいないのだろう。
マザーグースは基本、子供向けの歌だが確かに良い声だ。
控室にはピアノもおいてあるといってたが、ディーヴァはアカペラだと云ってたから必要ないのだろう。
諸星はドアに凭れて少しの間聞き惚れる。
(投資家たちが盗聴・盗撮ギャンブルに夢中になるわけだ)
細く高く頭の中で反響するような見事な声。
何もかも忘れてしまいたくなる……
任務の事を…… 忘れそうだ……
このひと時だけでも……
心の奥底にしまっていた感情を揺り動かされるような染み込んでくる穏やかで優しい声。
(…… 俺は ここで何をしているんだ?)
♪・・・・・・・・♪
I'm a very special teapot,
Yes, it's true,Here's an example of what I can do
I can turn my handle into a spout
Tip me over and pour me out!……
♪・・・・・・・・♪
歌声が途切れて、諸星の集中が戻る
「誰か いるの?」
中から問われる小さな声
歌っている時とは違う。
(!? 何を考えていた? 俺は?)
緩く顔を振ると頬に涙が伝わっているのが分かる。
心の奥まで見透かされるような歌声。
これがディーヴァの能力の片鱗だとすると、組織が大金をかけて育て上げている合点もつく。
諸星は慌ててノックをする。
「誰 なの?」
小さく問われる声、そしてカーテンが閉まる機械音
「申し訳ありません。リサイタルの警備スタッフの諸星です。 果物の贈り物が届いておりますのでお届けにきました。」
「警備スタッフ? 入っていいわ……」
「失礼します。」
ドアを開ける。
(これは……)
控室の半分位に着替えの為か黒い豪奢なカーテンがかかっている。
(念の入った事だ……)
カラカラとキャスターを押して部屋に入る。
「何方に置きますか?」
「テーブルに…… カーテンには近寄らないで」
歌声とは違う…… 綺麗な声だが、抑えた声。
カーテンの揺れ加減と、影の形からまだ12歳〜14歳の少女の年齢かもしれないと、諸星は想定する。
「何か御用があれば承りますが。 護衛の姿も見当たりませんがどこに?」
カーテンを引きたい衝動を抑える。
「歌い手たちのリハの最終確認を見に行ったのよ…… すぐ戻ってくるわ。」
「護衛がお傍から離れたのですか?」
「心配ないわ。 カーテンには高圧電流を流してるから。 解除できるのは私とジンだけ」
「それならいいですが。 気を付けて下さい。 今日の贈り物の中にも沢山の盗撮機器が出てきました。」
カサリ、とディーヴァが緊張したような気配を滲ませる。
「飽きもしないで無駄なことを」
「確かに……」
「毎回毎回余計な出費をする愚か者は増えるばかり……」
「その通りですね」
少し以外な返事に諸星は驚く、
「ご苦労様。 下がっていいわ」
「では、俺…… 自分はこれで。」
諸星は部屋を出ようとして足を止める。
「とても…… 綺麗な声でした。 入ろうとしてつい、ノックを忘れるほど…… 招待客が夢中になる理由が 少しだけわかりました。」
「アナタも皆と…… 同じね。」
「ぇ?」
「皆、同じセリフしか言わない…… 聞き飽きた台詞だわ」
「!……申し訳ありません。 ですが、自分は今日が初めての警部スタッフだったものですから。 失礼を致しました。」
「そう…… いいわ 下がって」
「はい。」
微妙に違う二人の気配。
一人は付き人なのかもしれない
諸星はそう思った。
つい出てきた本心だったが、ディーヴァにとっては聞き飽きた台詞だったのだろう。
そう判断して苦笑すると空にあったキャスターをカラカラと引いて、部屋を出た。
控室の場所は解った。
次の機会までに必要なモノをそろえて歌媛の保護が最優先
GAMEはこれからだ……。
ゆっくりと爪をといで…… 次の機会までじっくりと練って計画を立てよう……
僅かだが手がかりも掴んだ……
チーフが漏らした事が事実かどうかは分からない。
それでも
彼は
トロイの木馬になろうとしているのかもしれない……。
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