離別編Act-10 夫々の決意
ひっそりと静まり返った墓地の中で透き通る歌声だけが響いていた。



呼べど 届かぬ 消えた夢
胸に あふれる 面影よ
迷い さすらう 愛の旅路
よみがえる想い出にすがれど
帰らぬくちづけ 遠いきのう

(わかってる、パパは組織と戦う為に"私"を捨てた。)
(赤井秀一は組織壊滅の為に 宮野明美に近づいたー… 片親だけ血の繋がった役立たずの下っ端の構成員)
(一時だけど、赤井秀一が本当のパパだったからよかったとー…)
(でも秀パパはもう、私にキスをくれない)

別れ 街角 通り雨
誓い 灰色 枯れた花
希(ねが)い むなしく ひとり涙
よみがえる 想い出を だきしめ
いやせぬ心に 遠いあした

(江戸川コナンは 私からパパを奪った。 彼だけはー… 赦さない)
(花なんて供えない。 お前に相応しいのは枯れた花)
(お前は、墓の下で想い出に縋って泣けばいい)
(私に嘘は通じないのに、その私を欺いたー…)
(お前達の心を癒やす事はもうしない)


つもる 想い出 数えつつ
やがて 忘れる 日を願い
流れ 漂う 愛の旅路
待ち望む 喜びの 春の日
こごえる 心に 遠いのぞみ

(パパはもう抱き締めてはくれない)
(組織の中で、起きる時間も寝る時間も管理されていた私ー…)
(パパは、そんな私に昼の暖かさを教えてくれた人だ)
(沢山の想いでを作ってくれたパパ)
(パパは死んだー…。  私に 想い出だけを残して)
(彼等に、待ち望む春は来ないー… )
(江戸川コナン、キール、赤井秀一。 お前達にのぞみはこない)


Gメン75 追想 / しまざき百理



それは。
子供の声ではなく。
どうやったら出せるのだろうと思える程の低音で甘く伸びる声。

「エンジェルが… 泣いてる」
「あぁ。 普通に唄ってるだけなのに、心の底で泣いている」
「けど… 墓地で歌う曲じゃねぇな」
「エンジェルは! 私達の妹は! あの声は、悲しい歌を唄う為の声じゃないのに!」
「だな。 ー… サラはそこらの子じゃないし、工藤新一=江戸川コナンだと知っていて、黙ってる。灰原哀=宮野明美、という事もわかって、白銀・A・桜という人を演じてる。 」
「赤井の死は偽装だとわかってて、死んだという事を受け入れるなんて…」
「エミリーがあの事件で死を偽装した時、それを知っているのはホッチとJJだけだった。ー… 彼女のおふくろさんすら死が偽装な事を知らされなかった」
「あの時はお母さんからひっぱたかれて1時間以上も説教食らって、その後、泣き付かれて抱き締められて。1ケ月以上ご機嫌取って大変だったって、聞いた…」
「そんだけ愛してたって事さ。」
「任務で死を偽造せざるを得なかった。 JJも俺も何度喉元から出そうになった。 安易に口が滑ってしまえば、仲間内で外で話してしまう可能性がある。 エミリーの事を言い出せなかった期間、エミリーの想い出を語る時、何度、エミリーは生きていると言いそうになった事か」
「云い方は違うかもしれないけれど、仲間をー… ましてや自ら助け出した子供の親になって、シングルファーザーとしての経歴を作り上げた赤井が、メガネボーイの作戦に乗って死を偽造したなんて、まだ信じられない。」
「10億円事件の主犯で立件されて被疑者死亡で終わったアケミ・ミヤノの事を持ち出されたんだろうな」
「ま、そんな所だろうな。 アケミが死んだ原因を作ったのはー… とか言われて断れなかったんだろーさ。 シホ・ミヤノ… 今はアイ・ハイバラー… だったか? 彼女が組織を脱走して命を狙われているのは赤井の所為、とでも言われたんだろーよ」
「ー… 気に入らないわねぇ。そんなやり方」
「あの組織はでかいからな。そうそう簡単に壊滅はできねぇのも解るんだが」
「でも、解っている事が一つある」
「― 自分が生きているという事を、愛する娘に云えないという苦悩の事か?」
「僕たちは所詮は他人。 その僕らですらエミリーが死んでた間、もっと他に方法はなかったのかと何度も思った。サラの気持ちが分かるのは僕らだけど、自分の死を誰にも言えない赤井の気持ちが本当の意味で解るのはエミリーだけだと思う。最もブラック捜査官は分かってるみたいだけど」
「ー… サラはこれからどうなるの?」
「アメリカに戻ったら国葬、その後は、親戚に引き取られるのが決まってるけどサラは借りているマンションの家賃が1年分前払いになっているからその間は日本に居たいって云ってたな。」
「けどまだ6歳でしょ? せめて中学生位ならいいとしても小学校の歳で一人暮らしなんて無理よ」
「そこは白馬の家が預かるって事で合意が取れる。 日本に来てから、殆どを白馬邸で暮らしてたし、しかも警視総監宅だから安全は保障されている。」
「けどさ、実質は他人の遺体、だろ?」
「正確には赤井に追われて頭をブチぬいて自害した組織の末端構成員…」
「バレたらそれに気づいている僕らも後が怖いんだけど…」
「その為の通夜だったろ? 日本警察の目を欺くなんざ俺達には朝飯前さ。 構成員の持っていたトカレフは俺達が証拠物件で抑えてる。 赤井や公安が譲れと云っても早々簡単に渡しはしねぇよ」
「サラが赤井の偽装にプッツンきれて全面協力してくれたからすり替え工作もできた。小さくなった探偵も赤井も娘とBAUを甘くみたな。 赤井の死の偽造に協力したジェイムズも日本警察も 少々手痛い思いをして当然だ」
「そうね。 アリスとライに取り付けられていたGPSと集音器は捨てたし、赤井のマンションに取り付けたと思われる盗聴器も父親の荷物整理を名目に捜査官が取り外した。白馬邸の桜の御部屋も全てクリーンにしたから会話に関しては問題ないし、同じ手は使えないと向こうも警戒するだろ。幸か不幸か、赤井のマンションの住人は掌紋静脈認証システムをクリアしないと家の玄関の開錠が出来ないシステムだから父親のデータが消去された今、玄関を開けれるのは桜だけー… あ、探とばあやと総監は保護者として登録してあったな」
「指紋位ならどうとでもなるけど掌紋静脈認証は中々と難しいよね。」
「今頃赤くなったり青くなったりして、どうやってサラに接触しようか頭をひねってるだろうさ。」
「まぁ、病院であれだけの事を言ったコナンボウヤを桜が嫌っても当然よね。 タイミング的にはいいシチュエ―ションだったんじゃない?」

墓地で唄う桜を見守りながらBAUの面々が小声で話す。

桜の傍に控えるのは探と、その肩に大人しく止まる鷹が1羽
鷹がいれば鳩や烏、雀すらも近寄らない。
鷹を飛ばして鳩を脅せばマジックで使えるように仕込むまで時間が掛かる。
探は黒羽の家を通る時に偶々、通りかかった御近所の老婦人にこの近辺は烏が多くて、鷹なら退治できるというをニュースをみたけど本当だろうかと聞かれて、あまりのタイミングの良さに少々面食らったが、ペットである鷹のレディ・ワトソンを連れていたので一回りさせておきますよ、 と、烏退治に合わせて鳩たちを少々脅しておいた。
ついでに黒羽の家で飼っている鳩も怯えたらしいので黒羽は当分鳩を宥めるのに時間がかかるだろう。
慌てて飛び出てきた黒羽は自分の正体がKIDでマジックに使っているとは言えずにしどろもどろだ。
1羽2羽で飼っているのではない。
仕込んでマジックに使えるようになる鳩は数羽に1羽なのだと云えなかった。
マジックで鳩を取り扱うKIDは暫くの間、情報を仕入れる事が出来ないという事だ

「あの墓地がー… 例の?」
「そ! マサミ・ヒロタ… いえ、宮野明美の墓よ」
「赤井が潜入捜査で近づいたっていう組織の構成員?」
「もう一歩で手がかりが掴める筈だったのにキャメル捜査官のミスで失敗して3年の月日を浪費したっていう?」
「確か、キャメル捜査官の処分は新人と一緒に訓練のやり直しで、上司のブラック捜査官も一番大切な時間での指示の悪さを指摘されて訓告処分。赤井はミスをしたわけじゃないので処分を免れたんだよね…」
「まぁ、その事件がなければ俺らがハニーと出会う事も無かったが」
「あの逃避行のような事は金輪際御免だぞ。 日本からアメリカに戻るのに足跡を消しながら1ケ月もかけたんだ」
「僕らは専用ジェットがあったからいいけど」
「まぁ、私は彼に貸しを作ったし、それはまだ返して貰ってないからイザという事に使えるが」
「その切り札は暫く使用しないでおいて下さい。 これから何が起こるか分からないので」
「解ってる。組織で最終的な戦の時に抜かせてもらうよ。」
「組織をぶっ潰す、というゴール地点だけは同じだけど」
「独りで決着をつけよう、なんて自意識過剰なメガネボーイに協力する義理はない?」
「当然無いわよね」
「サラがどうでるかはわからないけど俺達が1歩リードしてるって事だ」
「もし、エンジェルがボウヤの正体を暴露ったら?」
「エンジェルは組織にパパを殺されてたが、あの組織を相手に一人で立ち向かおうなんて愚か者じゃねぇだろ」
「アメリカに戻ったら裏のメンバーに繋ぎを取るわ。 裏には裏を。」
「危険だと判断したらすぐに手を引くように念押しするのを忘れるな。 奴等はあちらこちらに根を張っている。”裏”の友人が仲間の一人かもしれない、という可能性を考えて動け。1%に満たないリスクでも大火傷に成りえるからな」
「了解です。私とケヴィンとラスの3人で多方面からかかります」
「気を付けてよ。 万一の事があったら桜が泣くから。」
「だいじょーぶよ。 桜は私が初めて認めた一番弟子なんだから! 可愛い弟子を1人なんてしませんってば」
「そうだね。サラは僕らの仲間であり家族なんだから」
「ー… まもってみせるさ。 あの子も、アメリカも。」




消えてく夕陽に 私は祈った
戻ってきてよと 祈り続けた 泣きながら
沈む夕日は 帰らない
消えた愛は 戻らない
それでも 祈った
これが分かれと 知りながら

誓いのくちづけ 交わした約束
過ゆく 月日に 心変わりの愛ひとつ
沈む夕日は 帰らない
消えた愛は 戻らない
いまさら涙を 流し続けて なんになろう

終わりの言葉も 別れの涙も
忘れる その日を ひとりぼっちで 待ちわびる
沈む夕日は 帰らない
消えた愛は 戻らない
夕陽が消えれば 次の夜明けがくるだろう

Gメン75  別離 / しまざき百理


(さようならー… 宮野明美。 私の片親だけ血の繋がったお姉さん。)
(2度と此処で唄う事はない。)
(秀パパは私を裏切った。 その報いは受けさせるー…)
(お前には朝焼けは来ないのだと)
(お気に入りの玩具を壊した連中に)
(アナウンサーの水無怜奈と工藤新一に)
(彼等はどこかでこの状況を探ろうとして傍にいる)
(ならば、私はこの声で罰を与えよう)
(キール… 幹部ではあるけれど彼女は外からきた女。 CIAの保護を受けた弟を見つけるなんて容易い事)
(工藤新一。お前からは今はまだ奪わないー… )
(私は組織の歌媛。 私の気に入りを壊した二人には… 何時か)

アルトの低い声で歌う桜の顔は子供ではない。

そして静かに唄い納めた桜はゆっくりと息を整える。

「もう、いいのかい? 何時ものー… アメージンググレイスは?」
「いいの。 私のアメージンググレースはこの墓地では唄わない。 宮野明美に赦しなんて似合わない。彼女の魂に救いを与える必要はない」
「そう……。」
「和尚様は」
「庫裏にいらっしゃるよ。 今日は邪魔をしたら悪いからと。」
「御挨拶しなきゃ…。 もうここで唄う事もないし」
「下にいる人たちは?」
「放っておいていいと思う。彼等に出来るのは交通整理位だもん。 私の唄をただで歌を聞かせてあげたんだから十分な報酬よ」
「そうだね。 どうせここにいた間の記憶なんて忘れてるだろうし?」
「ふふっ 気付いてた?」
「まぁ、桜のその声は生半可じゃないからね。 僕らは掛からないけど下の連中には帰国前に無縁墓地を詣でた位にしか記憶に残らない」
「だって、パパの事件を解決できるのは工藤新一なんかじゃないもん。ー… 事件に首を突っ込む事を生き甲斐にしてるコナンがー… 手を出すな、といったのよ? さも自分だけの事件のように?」
「やれやれ。ー… 怖いお姫さまだね。最もそんな所も可愛いんだけど」
「探君」
「ん?」
「私の記憶が戻っている事、気付いてるでしょ?」
「ー…あぁ。気づいてないのはばあやだけで、父さんもBAUの人達も感づいてる」
「私、産まれてすぐに日光アレルギーが判明してどこかの病院にいた事と、ジン兄と呼んでた人が色々と教えてくれた事だけ覚えてる。姉はママの事は話してくれたけどパパの事は教えてくれなかった。ー… 本当に知らないようだった。 そのママですら、お姉ちゃまがものごころ付く前に死んでいるし。」
「そうなのかい? 僕は記憶が無くなった振りだとばかりー…」
「本当のパパの事を知っているのはジン兄だけだと聞いたわ。 ジン兄に聞いた事があるけど、父親が誰なのか、お前が知るのはまだ速いって教えてくれなかった」
「ー… そう」
「パパは、赤井秀一はジン兄を”愛しい愛しい宿敵(こいびと)さん” って目の仇にしてるの。」
「知ってる。ジンの頬の傷は赤井さんが付けたんだろう? 赤井さんも桜はジンとなんらかの関わりがある筈だと言っていたから」
「ジン兄は、私にはとても優しかった。 任務で外に居る時間の方が多かったけどー… 私が起きてる時は殆ど傍にいてくれた」
「ジン兄が好きかい?」
「うん!」

素直に頷く桜に探は微妙な顔をする

「皆、私の顔色をみて、おどおどご機嫌取ってくれたけど、それは私がこの声をもっているから。 けど、ジンとウォッカとシェリー… お姉ちゃまはご機嫌をとらずに可愛がってくれた。キャンティとコルン、滅多に会えなかったカルヴァドスもね。ベルモットはジン兄と仲が悪かったから仕事以外では接触はなかったわ」
「僕も、父さんもBAUの人達も、サラの事が大好きだよ。 それは忘れないで」

探はふわりと小さな躰を抱き上げる。

「解ってる。それからハドソンの事も大好き。」
「彼女も喜ぶよ。 ー… じゃあ、庫裏に戻ろうか」
「うん」

桜が細い腕を回してぎゅっと探の躰に抱き付くと、探は意図も軽々と小さな躰を抱き上げた。

「あ、サグルってば狡い! 抱っこするなら私よ!」

目敏く見つけたガルシアが言う

「ガルシアさん? 駄目ですよ! 桜は僕の未来のお嫁さんなんですから」
「マジ!?」
「ばあや推薦の公認です。 お父さんも桜なら文句なんて言いませんよ」
「ロリコン!」
「たかが11歳の年の差カップルなんてこの世界には山といます。。 ね、桜ちゃん?」
「うん! 桜、イギリスのお祖母ちゃまやまーくんやきっちゃんより探君の方が大好きだもん!」

パチリと意味有り気にウィンクをした探に、桜は頷いた。

「まーくん? きっちゃん?」
「赤井の妹のマスミと弟のシューキチだよ。 弟は日本の将棋の羽田浩二の養子にいってて、妹は見た目男の子。妹とは確か13歳年年が離れてる。」
「スペンス詳しい……」
「そりゃあFBIの資料には掲載されてるから。桜が日本に戻る気ならサグルの事が好きと言ってる方が良い」
「でしょ?」
「まぁ、取りあえずは一端アメリカに戻って国葬だね。」
「うぇ… 面倒」
「しょーがないだろ? 死体は一応パパなんだから」
「だけどさぁ…」
「お前にはすぐにバレるだろうとわかってて、それでも死体を摩り替えたんだ。 メガネボーイとつるんでな」
「江戸川コナン以外にもいるわよね?」
「組織に戻った水無怜奈 ことキール。 それから江戸川コナンー…ううん。工藤新一養親もかかわってる」
「いいたくはないがー… お前が好きなジン兄がシュウパパの殺害を命じたんだぞ?」
「そーなのよね…」

桜が溜息を吐く。

「秀パパは煙草臭いのが珠に傷だったけど、煙草臭いのはジン兄もだったし…」
「赤井はヘビースモーカーだったからな。 だが、サラを引き取ってから随分と本数が減ったと聞いたぞ」
「子供の前で一日何箱も開けたら受動喫煙になっちまうだろ。 長く入院していた桜の躰には毒だ」
「煙草を吸うと早死のリスクが高くなるからね。 1本吸って3分… とかって統計学もあるけど、それは1本の半分で消す場合とギリギリまで吸う場合で変わるから」
「うわぁ…でた。スペンスお得意の統計学」
「ははっ! 僕の母が喫煙者、だったからね。どうやったら禁煙させる事が出来るか必死になって調べたんだ。 1本する度に一緒にいる時間が短くなっていくね って…」
「今でも吸うの?」
「いや、入院してからは禁煙させられた、というのが正解かな。 病院は基本的に禁煙あらね」
「そっか… でもパパは入院しても禁煙しないだろーなぁ… ジン兄も」
「困ったもんだね」
「ホント」

リードと桜は顔を見合わせて笑った。
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