Act-11 幹部への道 後編
「明美、いるのか?」

ガラガラと旅行用のカートをアパートの玄関に置いてベルを鳴らして声を掛ける。

「あ……! 大君? お帰りなさい」
「ただいま。 飛行場に付いたのが3時だったから上手くすれば今日中に土産を渡せるかと思って寄ってみたんだが、具合でも悪いのか? 顔色が優れないが」

紙袋を手渡す。

「ううん! 平気よ。 ありがとう。 任務はどうだった?」
「まぁまぁこなせたと思う。 明日から本部に行って1週間位は報告書と経費の精算だな。レシートがごっそりたまってる。」
「ご苦労様。 疲れたでしょう? 時差ボケは大丈夫?」
「飛行機の中で寝たからなんとかな……」

明るく答える明美。
余り好きではないタートルネックの服を着ている……。

「イタリアの珈琲豆とドイツのチョコレートに飛行場で買ったものだが ピアス……」
「私に?」
「珈琲豆はイタリアのバールで買ったんだ。マイルドってなってるが、日本でいうエスプレッソローストみたいだから、食後に少し、がいいだろうな。ドイツといえばチョコレートだし。ピアスはフランスのド・ゴール空港で乗り換えた時に見つけたんだ」
「ありがとう」
「ホラ、貸してみろ。」

諸星は知らぬふりで恋人の耳にピアスをつける。

「良く 似合ってる」
「そう? ピアスなんて貰うの初めてよ」
「気に入ったか?」
「ええ! 一寸落ち込みそうだったんだけど元気でちゃった!」
「何かあったのか?」
「……なんでもないの。それより夜はどうする? 何か機内で食べた?」
「ああ 朝と昼はな。 でも、やはり機内食は味気なくてな。明美の料理が食べたくなった」
「ふふっ 実は今日ね、お刺身の良いのが安かったから3人前のを買っちゃったの。」
「3人前……? そんなに食えるのか?」
「食べられない分は明日火を通して焼けばいいと思って。」
「ああ…… そういう事か。」

諸星は納得したようにうなずく。

「でも…… ね。 大君が今日帰ってくるのは知ってたから…… もしかして、とも思ったりしてて、茄子の煮びたしを作って、冷蔵庫で冷やしてあるの。 煮しめとかもあるのよ」
「確信犯か」
「かもね?」

ペロリと小さく舌を出す明美に苦笑する。

リサイタルの事は云う気配もない。

「なら、夕食に呼ばれておくかな。 荷物の整理があるから、今日は泊まれないが。」
「ううん、いいの! お味噌汁のリクエストある? 豆腐と若芽とねぎ? それとも白菜? 椎茸?」
「定番な所で豆腐と若芽。赤味噌がいい」
「わかった。 実はお米もといであるからテレビでも見てゆっくりしてて。 ご飯炊ければお味噌汁位なら簡単だし。生姜焼きも作るわね」
「ああ…… ゆっくりでいいぞ」

勝手知ったる…… という顔で諸星は居間のソファにごろんとなる。
小さなアパート。
高校まで組織の息がかかった養父母の元で育てられたが、大学進学と同時に寮に入った。
奨学金を貰ってアルバイトをして……

それでも学校の友人と楽しい時間を持てた明美。

妹の方は明美と違って、大学までの衣食住は組織持ち。
食事の時間と年齢に応じた睡眠時間こそ決まってたが、図書館もプレイルームも使い放題。
幹部になって専用の部屋を貰っている。
24時間セキュリティでコンシェルジュが詰めている幹部用のマンションで家賃は無し。
車・バイクの駐車料金もなし。
他の諸費用は幹部手当(属にいう給料だが、研究の成果などで月額が上下する)で個人で賄う。
シェリーのマンションに行ったわけでなないが、主任が泥酔した時、探る事を含めて何食わぬ顔で送り届けた時に見たのと同じなら3LDK以上でしかもリビングは18畳という高級マンション並だろう。
幹部のランクで部屋の広さも変わるが時期に科学者チームTOP10の志保ならば3LDK以上の広さが有る筈だ。



諸星は明美がキッチンで立てるリズミカルな包丁の音をBGMに目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは半年位前の事。


「先輩! 主任っ? しっかりしてください。 お茶です。大丈夫ですか、飲みすぎです!」

諸星は車で泥酔状態になる薬を混ぜたお茶を何喰わぬ顔で飲ました。
諸星が相手なら相応の手続きがないと入れないが、住人でもある幹部の余りの泥酔状態に、受付のコンシェルジュが飛んできてゲートを開けてくれた。

「主任?! 部屋番号は? 部屋の鍵は?」
「部屋〜 は」

主任の呂律が回らない。
薬が効きすぎたか、と思ったがどうしようも無い。

「……手伝いますよ。 本当は幹部以外の方の御来訪の場合、手続き無しだと規約違反ですが、この泥酔じゃあ仕方無いですね」
「すいません。 って、主任っ! 廊下で寝ないで下さい!」

セキュリティを解除して家のドアを開けて介抱するのを手伝うコンシェルジュ。

「主任?! ダメです! 寝るなら寝室で!」

パタリとソファに倒れ込んだ幹部に声をかける諸星。

「ヴ…… 〜〜気持ち悪ぃ  飲みすぎたぁ〜〜 諸星〜〜 水くれ 水ぅ……」
「水よりもほら! ソファで寝たら風邪ひきます!  もう。 ……すいません。先輩のスーツぬがして、ネクタイだけ取って、寝室に放り込んでくれませんか? 後は俺…… 自分が面倒みて…… 家をでる時に声をかけますから、鍵の預かりをお願いしていいですか?」

困ったようにいう諸星にコンシェルジュは大変だな……と、苦笑しながら頷いた。
コンシェルが居なくなって、こっそりと室内の写真を隠しカメラで撮る。
本当はその場で画像転送したい所だったが、電波監理もされているかもしれないのでそれはしなかった。

情報を得る為とはいえ、酷い2日酔い状態を引き起こす薬を飲ませた事に、僅かに罪悪感を覚えた諸星は、味噌汁を作り、サラダを作り、テーブルの上に置きっぱなしのペットボトルを丁寧に洗うと経口保水液を作って冷蔵庫に入れ、メモで勝手に食材を使った詫びと、鍵をコンシェルジュに預けて頼んだ事を書き、部屋を後にする。

そして、疑われないようにコンシェルジュに挨拶をして、自分の所属と連絡先を教えておく。
”御苦労だったな。 お疲れさん”
コンシェルジュに言われて”当然のことですから”と肩をすくめて答えておく。


その後、暫くして、諸星が暮らすアパートに極上のスコッチが1本届き、カードに、詫びに次の仕事のメンバーに呼んでやるから精進してろ、と書いてあった。
当てにはしないで何時も通りの仕事をこなす。

そんなある日、仕事用の携帯に、未登録の番号からの電話。

「よお! 諸星 以前迷惑掛けて悪かったな」
「主任?」
「約束通り、お前に仕事をひとつやる。」
「仕事」
「あれから、お前の仕事ぶりは調べた。交友関係も含めてな…… 見事な化けっぷりだ」
「…………!」
「ま、ここに入った理由なんざ如何でもいいんだ。 俺も偉そうなこと、いえねぇからな。」
「…… 先 輩……」
「<リサイタル> 聴いたことは?」
「! 噂程度ですが。」
「どの位聞いた?」
「組織にはディーヴァと呼ばれるコードネームを持つ歌媛とその下に歌い手がいて……3ケ月位に1度<リサイタル>をする…… と。」
「そうだ。 お前にそのリサイタルの駐車場の警備スタッフの一人を頼みたい。」
「!!! そんな重要な仕事を?」
「本当はバックヤードの新人を入れようかと思ったんだが、早く認められたいってちょっと焦ってるようなんでな……… 先走ると困る事になるんだよ。 それに、諸星に1個借りが出来ちまったからな……」
「有難うございます」
「お前の仕事は、規定の場所に案内して隠しカメラの位置で招待客の写真を撮らせることと、客が隠し持ってる盗聴機材を見つけて預かり状を書き、振込用紙を渡す事。出来そうか?」

まさか、の<リサイタル>の仕事。

「はい……! 謹んで」
「期待している。なら、顔合わせに明日の11時30分、ランチミーティングで管理センターの俺のルームへ来い。警備に話を付けておく」
「はい!」

諸星は新呼吸をして考え込む

彼は、もしかしたら、業と薬入りのお茶を飲んだのか?
だとしたら、何処の?
あの金髪の狼少年はまさか……?

諸星は、明美に「食事が出来た」と声をかけられるまで考えに沈んでいた。
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