Act-17 嵐の前触れ
運命の<リサイタル>が始まる……
歯車が回り始める……


警備として30台近い車の確認と山程の盗聴機材の没収をして、振込用紙を渡して行く諸星。

2回目ともなれば、少し勝手がわかって来て、最後にディーヴァ専用のブラック・バンが入ってきた時は仲間に断わり自らナビをする。
ディーヴァ専用の駐車場所に車を案内するスタッフは居ないので余計なお世話かもしれないが、パンクをするように細工をした場所がある。
細工をしたのは4ケ月前から会館に務める学芸員に成りすました仲間。
彼は後2ケ月学芸員を務め、別な大手の美術館に移動という形で姿を消す事になっている。


バスン!


という大きな音に顧客が振向き、ざわめきが広がる。
バンをナビして、用は終わったとばかりに場を離れようとした諸星は何気に駆け戻る。

「どうした!?  ……お客様方へ被害は! 確認しろ!」
「はい!」

被害がないのは解っていたが、警備としての立場を使って指示を出す。
チーフが、俺が幹部に昇格して、<リサイタル>招待者だと周知してくれたおかげで警備スタッフを使いやすいのを密に感謝したが、何故、チーフはここまで俺に肩入れしてくれるんだ?
肩入れするなら、恐らく同業の金髪の仔狼の方だと思うんだが……


「わ…… 分からない! 突然バーストしたようだが……」
「バーストした!? これはディーヴァ専用車だろう! メンテナンスをしなかったのか!」
「規定通り、3日前にした筈だ!」
「だったらどうしてパンクするんだ! <リサイタル>で何があったらどうする気だ! 警備主任の責任問題になるんだぞ! それに、ゲストはこれからも来るんだ! ……そこの君、ディーヴァの護衛をしているジンに連絡してこい!」
「はいっ!」

諸星は傍にいたバンの運転手を怒鳴りつけ、傍にいたスタッフに声をかける。

「わかりました! 直ぐに呼んできます!」

警備の一人が駆けて行く。
ジンに報告するのは警備としても当然だが、俺を覚えさせる為。

「すまん! 直ぐにタイヤと取り換え…… っ!? 予備のタイヤが、ない!?」

バンの後ろに積んでいる予備のタイヤを抜き取ったのも仲間。

「予備タイヤの確認をしなかったのか! お前は! 職務怠慢で処分されたいのか?」
「そっ ……そんな、筈は……。 今朝の確認ではちゃんと」

硬直する運転手

「トラブルだと連絡してきたのはどいつだ? ディーヴァのバンに何があった?」

銀の髪の男が相棒を引き連れて悠然とやってくる。

「ジっ ジン 様。 も……  申し訳ありません。整備の不手際がありまして、タイヤが1輪バーストしました。予備のタイヤを取付け忘れたらしく」
「バースト だと?」

ジンの殺人眼力に運転手はビクンとなる。

「”RYE”」
「はい!」

ジンに呼ばれてしゃがみこんでタイヤを調べていたライは立ち上がる。

「タイヤの状態は?」
「はっきりした事は調査しないとわかりません。 バースト部分は一部、薄くなって焼けたように見えますが、<リサイタル>の3日前に、全て新しいタイヤに取替えるのが規約です。 タイヤ慣らしで1時間が2時間程、車を回させますが、日本一周でもしない限り、僅か1日や2日の間に薄くなるとは思われません……」

バサバサと運転手の出した書類を確認しながら俺は云う。

「……確かにな……」
「修理の証明書と走行距離表です。給油ポイントも間違いありません。」
「ふ……ん? いいだろう。 運転手のミスじゃなさそうだ。」

俺が渡した書類をみて確認をするジン。

「どうしますか? バンの整備担当を拘束するように連絡しますか?」
「給油先で故意という可能性もあるが……。ウォッカ!」
「へい、兄貴」
「給油ポイント地点全員の履歴をコンピューターで洗い直せ。ライの言った通り、車の整備担当者を拘束しておけ。 帰ったら俺が締めあげてやる。返答次第じゃ新しいライフルの的にしてやってもいい。 本部に連絡して、一番近い拠点から新しいタイヤを届けさせろ。 念の為、ヘリ部隊の護衛も呼べ」
「承知しやした。」
「RYE」
「はい」
「仕事に戻れ。 今の処、お前が確認したゲストの盗聴機材確認はモレがないと聞いている。 お前は今日の<リサイタル>の招待客だが、交替時間までそのまま続けろ。」
「はい。」
「それから、<リサイタル>前に招待客にはシャンパーニュとブランデーが振る舞われる。<リサイタル>後の警備はあるが、任務に支障をきたさないなら遠慮なく飲んで構わねーぜ」
「ありがとうございます」

諸星は平然とした顔で車の位置を確認して、預かったキーをフロントの担当者に預ける。

「ライさん! 外で何か騒ぎがあったようですが」
「安室君か。 4時に来ると聞いたがまだ1時間もあるぞ」
「えぇ。貴方の仕事ぶりを拝見してくて早く来ちゃいました。で、一体何が」

交替の時間よりも早く安室がそっと声を掛けてくる。


「ああ……。ディーヴァ専用のバンがバーストしたんだ。しかも予備のタイヤを積んでなくて、ジンが、運転手に説教してる。運転ミスじゃないから”処分”はされないだろうが…… 本部の担当者は更迭されるだろうな」
「バーストで済んでよかったですね。どこぞの不穏分子の反乱でしたら責任問題になりますよ」
「ほぉー…? そう思うのか?」
「ええ……。あ、早々、さっき折角早くきたならディーヴァ様宛の果物でも届けてこい、と云われまして、第1陣をお届けしてきたんですが、”あの方”のお気にいりと言われるベルモット様に、ジン様直属の狙撃部隊のキャンティとコルンが居て、門前払いを食らいました。」
「また、沢山、盗聴機材がついていたんじゃないか?」
「第1陣の分は20ケ位だったのか。」
「そうか…… まだまだ増えるだろうな」
「全く、警備も楽じゃありませんね。ディーヴァ様は今日は何だが落ち着かないようで、リサイタルの間、主任まで護衛で付く事になりました。」
「主任が護衛に? 道理で姿が見えない筈だ。 ディーヴァはリサイタルではいつも冷静だと聞いていたが不安を煽るような事でもあったのか?」
「もしかしたら、不穏分子が何か起こすんじゃないかと気になっているのかもしれませんね」
「なら、余計に警備を厳しくしなくてはならないな? そうだろう? 安室君」
「そうですね……」

ライの言葉に安室は複雑な顔をして頷いた。


最後の<リサイタル>が始まろうとしている。


俺達か彼等か。
どちらが、ディーヴァを助け出すのかは運次第。
俺が入手した顧客データは仲間たちに報告した。
この会場では、顧客は携帯電話を預けるのが規則。
リサイタルに参加している会社への捜査の手が入るのは4時半。
仕事打ち合わせ用に持ち込んだのスマホやタブレット等は3時半まで電源を落として、<リサイタル>が終わるまで、ディーヴァの姿や声の盗撮防止を兼ねて、係員に預けて電波の入らない特殊ロッカーに預ける事になっている。


シャワーを浴びて汗を流しながら手順を確認する。
白のドレスシャツに黒のズボンと黒のジャケット。
エナメルの靴。
濃紺の蝶ネクタイ。
白いポケットチーフはシルク。
カフスは白いカメオ彫刻を選んだ。
長い髪は後ろで一つに結ぶ。

”RYE”は本部から届いた正式な招待状を手にフォーマルスーツの確認をする。

「こんな所か……」

ポケットに煙草とライター、仕事用の携帯とキーケース。
シルクの手袋。
そして、警備の仕事上使っているインカム。
これは耳に付けいても直前まで警備の仕事をしていたから、預け忘れたといえば、通じるだろう。

着替え室を出て、ゆっくりとロビーに向かうと、通路半分黒いカーテンが引かれている。
カーテンを通って、ディーヴァは舞台に向かう為。
途中、ジンやウォッカがガードに入るので廊下で仕掛けるのは無理。
階段をゆっくり上がって、関係者専用のドアを開けると、招待客専用のロビーに出る。



(さぁ…… もう少しで”狩り”の時間だ)



ここにいる顧客の何人が新聞やニュースで取りざたされずに済むのか、楽しみだ
21/74
prev  next
←歌媛哀唄