Act-28 尋問 後編
ウォッカがドアを開ければ鏡がとパイプ椅子があるだけの無機質な部屋。
「……偏光硝子……!?」
「向こうの部屋からは誰が見ているのか分からねぇから安心しな。」
偏光硝子の向こうを見れば、部屋の中央に固定された椅子に後ろ手に縛られて座らせている上半身裸の安室は、左肩から腕にかけて包帯を巻かれている。
その前に座るジンはいつものコート姿で煙草を咥えて座っている。
少し離れた場所に置かれたテーブルには銀色ジェラルミンのケースがあり、白衣の医師が控えている。
空になったアンプルが幾つかあるのを見咎める諸星。
「……打ちすぎじゃないのか?」
「俺に薬の事を聞いても分からねぇよ。 アンプルを用意したのは”シェリー”だ。死にはしねぇだろうぜ」
「……シェリ ーが?」
「イけない程度に快楽を感じてしまうのも入ってる。今なら僅かな刺激で天国逝きだぜ」
「……」
「男としては辛いだろなぁ?」
クックックッと笑うウォッカ。
ー…… シェリーは…… ”志保”は、そこまで、ディーヴァを可愛がっていたのか?
(だとしたら 俺は とんでもないミスを犯したかもしれない)
「シェリーとディーヴァはどんなつながりだ?」
「そいつはまだ云えねぇよ。兄貴はお前を100%認めた訳じゃねぇからな。お前が正式に兄貴の下に配属されたら教えてくれるだろうがな」
(……まぁ、俺がジンの立場であっても、昨日今日じゃ認める方が無理だろうが)
「ー…… なら、ジンが言った褒美とやらをこなしてから聞いてみよう」
「それが賢いだろうな」
ウオッカが言う。
偏光硝子の向こうで、まるで、ライが見ているのに気付いて居るように、睨み付けてくる安室。
肩で息をしているが、瞳の力は失って居ない。
カツカツカツ……
ヒールの音が響いて、白衣姿のシェリーがノックもせずにドアを開けて入ってくる。
「志…… シェリー? 何故、科学者の君がここに」
思わず名前を呼びそうになり、言い直すライ。
「ウォッカ。 安室は何か自白した?」
諸星には目もくれずに聞くシェリー。
「まだ」
「ー…… 情けないわね。訊問担当医師は何をぐずぐずしてるの?」
「何しろ半年間、有閑マダム方に飼われる事になってるんで、下手できないンすよ」
「手緩いわね。私の、ディーヴァを拉致しておいて」
「とはいっても 安室が片棒担いだ証拠もありやせんし。 その…… ”使い物”にならなくなったら商品価値がなくなってしまいますんで……」
ウォッカが頭を下げる。
「男として”使い物”にならなくなったら何なら 私が新薬の人体実験に使ってあげるわよ。死んで鑑識に回しても抽出されない薬でね」
「穏やかじゃ無い言い方だな? 君が拷問に加わったと知ったら、明美が嘆…… っ!」
赤井が溜息を付いて云かけてパンっと頬を叩かれる。
「諸星…… いえ、、めでたく幹部昇進の辞令が降りて、ライだったわね? ウォッカを処分した手柄を立てた事は誉めてあげる。」
「たいした事じゃない。 結果、ディーヴァを拉致されてしまった……」
「そうね。警備が下手を打ったからだわ。でも、覚えておきなさい。幹部とはいえライは新人で一番下の階級よ。 私は上級。 組織の中で階級に逆らうことや意見を云う事は許されないわ。ー…… たとえ貴方が姉と付き合っていたとしても、私に口答えや意見は言えない。」
「ー……俺はただ……」
「宮野明美はただの構成員。組織では幹部になった貴方に逆らう事は赦されない。そして新人幹部のライが私達上級幹部に意見するのは赦されない。」
「分かっています。ディーヴァを拉致されたのは俺が……」
「それはマイナス査定にならない筈よ。 いくら私でも、事件のあらましは聞いたから、ライのミスじゃない事は知ってるもの。」
シェリーはひらひらと手を振る。
「安室透…… もし、ディーヴァの拉致騒ぎに1枚絡んでいるとするなら…… 媚薬の100アンプルでも打ってやるわよ。 ……正気を保てなくてもね」
「シェリ……!」
シェリーの穏やかならぬ言葉に赤井は驚く。
「頼むから兄貴を怒らせるような真似だけは控えて下せぇよ?」
「安室の自白次第では本気でするわよ。 ー…… ジンが止めてもね」
「シ シェリー?」
「なんなら、あの方に頼んでもっと強い自白剤の使用許可を頂くわよ。 ジンは、ディーヴァが可愛く無いんだって喚いて来るわ」
「わ わかりやした! 解りましたから。 自白剤以外の薬を使えるか聞いて来ますんで。 シェリーがおかんむりだといえば、兄貴も考えてくれるでしょう」
慌てた様に云うウォッカ。
「ー…… 今、直 ぐ よ?」
「へいヘイ まぁったく、ディーヴァが絡むと性格変わるんのは兄貴だけじゃな……」 「何か言った……!?」」
「いえ、何も。 今、兄貴に伝えて来ますんで!」
シェリーに遮られて、ワタワタと部屋を出ていくウォッカ。
ハーフで綺麗な顔立ちだけに怒ると氷の姫になる。
まるで部屋の中まで氷点下になったようだと、諸星は思った。
「ー…… まだ用があるの?」
「いえ。ジンに、安室の意識があれば、尋問に付き合わせてやるといわれてるので」
「そう。」
シェリーは溜息を付いて黙り込んだ。
偏光硝子の向こうの部屋でウォッカがジンに何か耳打ちをすると、ジンの方まで溜息を付くのが分かった。
「…… 聞いてもいいか?」
「…… 聞きたい事によるわ。 ディーヴァの事ならNGよ。 新人に話せる事は何もないわ」
「ではなく。 その…… 家族で暮らしたいと思った事はないのかと思ってな」
「お姉ちゃんと暮らしたいか、という質問ならNoね。 ディーヴァを家族として一緒に暮らしたいか、という意味ならYesだけど。」
「明美が嫌いか?」
「好きも嫌いも残念ながら遺伝子学上は姉妹だわ。姉でなければ、組織の中で私を名前で呼ぶ特権なんて貰えないわよ。 貴方が組織の外で私を名前で呼ぶのは正直不愉快ね。」
「気に障ってるのか」
「ええ、とても。」
「ー…… そうか。 明美が君を名前で呼ぶからつい……。 なるべく改めるよう気をつけよう」
「その方がいいわね。 ー……それから、ライ」
「何か?」
「お姉ちゃんはー…… 宮野明美は馬鹿にお人よしが付く位人を信じる傾向があるから、何とも言えないけど…… あんな姉でも”法律上の家族”なの。 私にはライがどこの誰でも関係ないし、どうやってお姉ちゃんを手玉に取ったかんて興味もないわ。 まぁ…… お姉ちゃんの車の接触したっていうのも業とでしょうけどね?」
「志保……?」
「これからどうするのかは私には想像しかできないけど・・」
シェリーは翡翠色の瞳をライに向ける。
「”諸星大”がお姉ちゃんを裏切ったら…… 赦さないわよ」
「ー……!」
「分かったら返事をなさい」
「ー……承知した。」
(まさか、気づいているのか、この子は……)
明美が俺の事を志保に話している事位は知っている。
だから、俺は話されてもいい事位しか明美の前では話さない。
だが、志保には幹部として、情報部からデータを引き出す事も、調査チームと連絡を取る権力もある。
ー…… だとしたら。
小さなノックの音がする。
「シェリー」
「何よ?」
「兄貴の許可が出ました。死なないのと正気を保っているのと、”役に立つ”のを条件に薬を使っていいと。」
「分かったわ。 ……そうね。 ライも来なさい。 ジンが許可を出しているのなら、安室への尋問に付き合うのを許可してあげる」
「はい。」
ライは頷いて、シェリーの後に付き従った。
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