Act-02 目覚め
“ディーヴァ”
低い声で呼ばれた。
“起きろ、ディーヴァ”
ゆっくりと意識が覚醒していき、重たかった目を開けると長い銀髪に深緑の目をした、黒いスーツの長身の男性が見下ろしていた。
(ジン、兄……)
意識が戻った時、私の躰は1時間〜2時間位動かない。
言葉は耳に入って来るけど、声は出ない。
頭や腕、足、首などに沢山つけられたチューブの所為。
「心拍数・脈拍、すべて正常です。 何時も通り1時間ほどで会話も可能となります。2時間もすれば歌えるようになるますのでご安心を」
白衣を着ている複数の医師がチューブを外していくのが分かる。
「風呂に入れて好物の果物でも食わせとけ。 今日は<リサイタル>だ」
「畏まりました。」
医師は恭しく男に向かって頭を下げる。
淡いピンクのベッドの上で目を開けてうつろな視線を漂わせる小さな小さな躰の私。
ベッドの上、という事は治療用の冷凍睡眠カプセルからだされて半日程経ているのだろう。
「3時間後に出発できるように用意をしておけ」
「3時間っ? せめて5…… いえ、4時間……」
「休息は車の中で取らせる。3時間だ。」
「…… 承知 致しました」
白衣の男は頭を下げる。
ジン兄に逆らえる人なんていない。
私はそれを知っている。
女性スタッフが、薬草液の入ったバスの中でゆっくりと私の躰をほぐして行く。
私の意識は覚醒していく。
途中で好きな薔薇水を貰う。
そして、薔薇の香りのするバスに入れて貰いながら髪を洗って貰う。
「歌媛様? ディーヴァ様? お目覚めの果物は何がよろしいですか?」
薔薇の香りのバスタブから自力で出るのは小さな躰には難しい。
世話係の女性スタッフが抱き上げて柔らかなタオルで躰を拭いて、髪を乾かしながら聞いてくる。
「苺。甘い苺が沢山欲しい。 あと、ブラッド・オレンジジュースにグランマニルニエ入れて頂戴」
アレルギーと治療の関係で普通の食事は殆ど食べれない。
お姉ちゃまたちが食べるような食事をするとすぐ気分が悪くなるから、食べれない。
目が覚めて直ぐに食べられるのは果物だけ。
「苺はディーヴァ様のお目覚めに合わせて取り寄せて御座います。ブラッドオレンジはイタリアから取り寄せたのを冷凍してありますからスムージに致しましょうか? シャーベット状ならグランマルニエの香りも引き立ちます。」
「任せる。 でも砂糖じゃなくて蜂蜜で作らせて」
「畏まりました。 直ぐに届けさせます」
私が目覚めるのは殆ど<リサイタル>の前後だからスケジュールに合わせて果物を沢山用意しておいてくれる。
リサイタル会場はもっと凄い。
世界中の果物で熟して食べごろのが沢山届く。
「ディーヴァ様。 今日は夜にリサイタルが控えております。 ジン様がドレスをと」
「ふふっ…… "かみともにいまして" を歌って あげようか?」
「御冗談は御止め下さい…… 私は まだ、死にたく有りません」
「ジン兄が、アナタを殺せ、と言ったら歌ってあげるよ。葬送の讃美歌をね?」
にっこりと笑った幼児に、医師はビクン、と躰を凍らせた。
見かけは幼児。
実年齢は13歳。
声を武器にする歌媛。
僅か2歳の時、組織を脱走しようとした数名の潜入捜査官に人質に取られた時、その泣き声で捜査官の脳を狂わせた。
狂いかけた捜査官は、赤ん坊の躰に刃物を突き付けて幹部達の前に降伏した。
痛みに泣き叫ぶ赤ん坊の声は何故か讃美歌のメロディーに酷似しており、組織の幹部たちに頭痛を起こしたという。
組織の警備員たちにすら激痛を引き起こす泣声を止めたのは半分同じ血を持つ3つ年上の姉である。
「彩華! 痛いだろうけど泣かないで…… 良い子だから泣かないで。 直ぐ治してあげるから……」
姉の言葉にピタリと泣き止んだ赤ん坊は、組織の中でもトップレベルの医師団に預けられた。
「ジン! さーやは死んじゃうの?」
「さぁーな? 彩華に運があれば助かるだろう。 助からなければあきらめろ。 どちらにしても、彩華を人質にとった連中は正気に返りそうもない」
部屋の片隅であらぬ視線を見せる捜査官。
「こいつらを”処分”して! 私の大切な妹を傷付けた! さーやは私と同じ。幹部になるべく育てていた子よ!」
「いいだろう。 ほかならぬシェリーの頼みだ。あの方の許可を待たずに処理してやる」
押しも押されぬ若手幹部のジンと、幼くしてコードネームを与えられ、幹部として教育をされている天才少女。
無くなった両親の血を引いて、幼いながら科学と薬学の分野で著しい才能を見せているシェリーの言葉に迷いはない。
その2人の怒りを買った潜入捜査員がどうなったのかは、誰も知らないが正気に返る事なく処分されたという事実のみが伝わっている。
分かっているのは
ディーヴァに近ずくな。
ディーヴァはライン川のほとりに住むローレライ。
油断をすれば命を取られる。
組織が誇る歌媛・ディーヴァ
歌媛に武器は必要ない。
なぜなら その”声”こそが武器だから…………
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