Act-03 歌媛
何回、讃美歌を歌っただろう?
リサイタルは好き。
お姉ちゃまに会えるから。
ジン兄に会えるから。
私より前に歌う歌い手たちが催眠状態にして、招待客を半覚醒状態にする。
ホールには脳に刺激を与える音波がでていて、サブリミナル効果がある。
僅かでもやましい心があれば私よりも前の歌い手たちの声に反応する。
私は、最後に、姿を見せず、カーテンの後ろで讃美歌を歌う。
アカペラでしか歌わないの。
歌いたい讃美歌を好きな様に。
讃美歌以外にも好きな曲を
組織にはカトリックの人はいない。
私もクリスチャンじゃない。
でも、讃美歌は好き。
沢山の人を眠らさせる事が出来るから。
私の唄は、何人かの裏切り者を見つけ、脱走を企てている潜入捜査官を捕まえた。
捕まえるとジン兄もお姉ちゃまも褒めてくれる。
私は、組織の中で唯一人、”声”を武器に持つ幹部…………
体力的な問題で数時間起きる為に何日もの睡眠が必要なヤワな躰。
でも、眠っている間に入ってくる沢山の唄は言語を問わずに信じられないほど記憶される。
譜面をみれば、瞬時にメロディーが浮かぶ。
ホールに入れば、どの讃美歌が相応しいか、すぐにわかる。
ジン兄の車で転寝してる時、何を歌えばいいのかイメージが湧く。
それなのに……… 頭の中に曲が浮かぶはずなのに。
最近の<リサイタル>は胸騒ぎがする。
「……どうしたディーヴァ? いつもならすぐに寝ちまうのに、今日に限って寝つきが悪いな?」
ジン兄の愛車のポルシェでリサイタル場へ向かう。
チャイルドシートはない。
まだ小さな躰だから、靴を脱いで、後部シートで十分躰を横にできる。
ジン兄の膝枕でもぞもぞしてると大きな手が目の上に置かれた。
「なんでもない……」
「そうか。 なら寝ていろ。お前の出番は一番最後だ。お前の声が聴きたくて、取引先の連中は気前よくチケット代を出してきたぞ。」
「うん……」
「どうした? 珍しく歯切れが悪いな」
「ねぇ…… 他の歌い手は?」
さらさらと流れている銀の髪は私とお揃い。
ジンにぃがパパだったらよかったのにっていつも思うけど、それはそれで嫌だったりする。
最も、お姉ちゃまがジン兄と付き合ってるみたいだから、勝負は見えてる。
「もうとっくに会場入りさ。 お前と違ってリハをしねぇと無理だろうからな。」
「リハが必要な歌い手なんて使えないわね」
「お前とは違うからな。」
ジンの大きな手をつかんでその上に頬を当てる。
ひんやりとした手が気持ち良い。
「………… ねぇ なんか、嫌な予感がする。」
「嫌な予感?」
「…………ずっと前、裏切りものの……ううん、潜入捜査官に刺された時に感じたものと同じような」
「!!」
「それは」
運転席のウォッカが云う。
「………今日のリサイタルは幹部を含めた招待客だ。 コンピューターがはじき出した、裏切る確率20%以上の連中を呼んでいるからな、その所為だろう」
「そんな雑魚はどうでもいいの!」
「雑魚、だと?」
「疑わしきは罰せよ…… は、組織のセオリーだけど今回のは違う。目を覚ました時から誰かに見られてるような感じがするの」
「確か…… 前にもそんな事を云ってたな? この間のリサイタルなら思った以上に収穫があったが………」
「うん…… 何かが起こりそうなの」
ジンの膝枕でぎゅっと服をつかむ。
「ウォッカ」
ジンはそっと落ち着かせるように背を撫ぜる。
「はい、兄貴」
「招待客のリストと出席幹部の写真のファイルがあるか?」
「勿論あります。ただ、助手席のタブレットの中に記録してあるんで、一端、パーキングに車を止めても?」
「いいだろう。」
ウォッカは1キロほど走って駐車場に車を止めると助手席に置いたタブレットケースを開けて起動させるとジンに差し出す。
ジンは掌紋を認知させると画面を開きデータファイルををめくりだす。
「取り立てて怪しいのはいなさそうだが……」
「ディーヴァの考えすぎじゃありやせんかね?」
「用心に越した事はない。 だが、いつもなら車に乗って10分もしないで寝るコイツがまだ寝れないって事は気になる……」
もぞもぞと膝の腕で動き回って寝返りを繰り返して落ち着かないディーヴァ。
「ディーヴァ、寝返りとはいえ、リサイタル前にあまり動くな。体力を消耗するだけだぞ」
「眠れないんだもん……」
「なら、1曲歌え」
「ぇ?」
「讃美歌以外で何か歌えば眠くなるだろう?」
「いっ いいの!?」
「ただし、リサイタルで手を抜くのは赦さないぞ」
「うんっ!」
ジン兄が躰を起こすのを手伝ってくれる。
「ジン兄、何がいい?」
「好きに歌え」
「ん〜〜 ん〜〜」
頭の中で色々歌詞を巡らして、一呼吸。
♪・・・・・・・・♪
Ich weis nicht, was soll es bedeuten,
Das ich so traurig bin;
Ein Marchen aus alten Zeiten,
Das kommt mir nicht aus dem Sinn.
Die Luft ist kuhl und es dunkelt,
Und ruhig fliest der Rhein;
Der Gipfel des Berges funkelt
Im Abend sonnen schein.
♪・・・・・・・・♪
「ローレライ…… テメェの唄をテメェでうたってやがる……」
「でも、いい声っすね。歌媛の声をただできけるんスから役得ですよ」
「確かにな。 こいつの声は絶対音感と絶対聴覚のお蔭で音程を外した事がない。」
「これで躰が丈夫で普通に成長していたら今頃はって、トコですかね?」
「以前受けた心臓の傷は手術で治った。残念なのは太陽アレルギーで昼間、長時間外に出られない事位か」
「アレルギー治療の方も大夫進んだとききやしたが?」
「太陽アレルギーに関しては遺伝子治療チームが終わらせた。 少しずつだが、日光浴もできるようになるだろう。 染色体異常と、後遺症の薬品・食品アレルギーはこれからも継続的な治療が必要だ」
「組織の医学レベルは世界でもトップレベル機関です。治療に関してはシェリーも加わってるチームですから、心配する必要はありやせん」
「フッ…… 違いない……」
ディーヴァの声が少しづつ小さくなる。
最後のワンフレーズになる時、小さな体はコテン、とジンの躰にもたれて小さな欠伸をすると目を擦りだす
「ウォッカ」
「はい」
「少し遠回りで行け。 時間は十分あるし。こいつにリハは必要ない。代役で十分、事が足りる。」
「承知しやした。」
ジンは小さな躰をそっと横にすると、フリースの毛布を掛ける。
「ん……っ?」
「会場まで1時間ほどだが少し眠れ。 付いたら何時も通り起こしてやる」
「……おやすみ…… ジンにぃ ウォッカ……」
「ああ…… 」
「お休み。ディーヴァ。 良い声だったぜ」
「あり…… がと」
コテン と 眠りの世界に入る小さな歌媛。
ディーヴァを見るジンの顔は不思議と柔らかかった。
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