Act-32 さくら
「桜……?」

思わず名付けた名前で呼んで硝子に近寄る赤井。

「桜は…… 大丈夫、なのか?」
「100%の断言はできませんが内臓機能は正常です。 ですが、アレルギーの関係で使える薬の制限も多くて……」
「意識はまだ?」
「残念ながらまだ……。 一度だけ戻りかけたのですが、全身痙攣をおこしかけたので鎮静剤で眠らせました」
「リサイタルの後は、温度管理をされた部屋でたっぷりの睡眠が必要だと言っていた。ガスを吸わされたとはいえ、それを知らずに無理に吐かせてしまった俺のせいだな」
「とも限りませんが……」

医師は少し黙り込む

「桜の体は普通とは違うのか?」
「―……… 両性具有というのご存じですか?」
「両性具有? 良く宗教絵画とかで天使の姿を男性と女性の躰を併せ持つように描かれているが……? まさか……?」
「桜ちゃんは、そのまさか、です。 染色体異常で性分化疾患の赤ん坊として生まれた子です。 ……それを、女性として手術を受けて、女の子として育てられたようですね」
「それは、桜の両親の意向だと?」
「わかりません。ですが、性分化疾患ですと、戸籍には男とも女とも記載ができませんから、赤ん坊の時に手術を受けさせたのかもしれません。最も、この子の場合、女の子として手術を受けさせたのは正解だったと思いますよ」

(心臓移植。染色体異常による性分化疾患に太陽アレルギー……。 こんなデメリットを背負っている子を拉致して、組織は幹部として育てていた?)

閉じられた瞳。
助け出した時にみた翡翠色の瞳を見る事は出来ない。
<リサイタル>で聞いた時の幼いが大人びた口調の声。
幼い声で楽しそうに歌ってたマザー・グース。
人の精神を吸い取っていくような讃美歌はプロの声

(あの声をもう聞く事はできないのだろうか)

「頑張れよ…… 桜」
「話はまだ無理ですが、中に入りますか?」
「できるなら、キスの一つでもしてやりたいが」
「まるで、娘を心配する父親のような顔をしてますね?」
「ー…… まぁ 半分片足突っ込んでしまったからな」
「名付け親ですしね? 私や看護師が桜ちゃんと呼んで話かけていますから、時々、桜、という名前に反応を示してくれるんですよ。」
「ぞうか? 気に入ってくれたのか?」
「それは、桜ちゃんの意識が戻ったら、聞いてみたら如何です? 本当の名前とどちらがいいのか? あ、ジャケットは脱いでマスクをして下さい。 それからドアの前で手の消毒を」
「わかった」

赤井は苦笑しながらジャケットをぬいで医師に渡すと使い捨てのマスクをとる。
硝子ドアを開けてはいれば空気が違う

「此処は滅菌シャワーライトなんです。 桜ちゃんの躰に負担がかからない様に雑菌の98%を遮断しています。」
「其処まで?」
「桜ちゃんの今の体力では命に関わって来ますから」

看護士は桜を見て答える。

「今日は少し微熱があって……」
「熱?」
「平熱が低いんです。 低血圧、とも言いますわね」
「そうか」
「20分位したら検温に来ますから。其までごゆっくり。 万一目を醒ましたら直ぐにブザーで呼んで下さい。」
「了解した。」

ほんのりピンクの頬は、普通なら健康な証拠だが、桜にとっては微熱、もしくは高熱。
ベッドの傍にある椅子に座って、脈拍計の付いてない方の手をそっと握る。

「桜…… サラ?  何時に成ったら、お前の声を聞けるんだろうな?」

ディーヴァというコードネームしか判らない幼い子。

「俺がお前を連れ出したのは間違いだったのか……? お前は志保…… シェリーとどんなつながりがあるんだ? お前と同じ銀の髪を持つジンは、お前の血縁者なのか?」


赤井はゆっくりと話かける。
頭に付けられた管を避けるように優しく撫ぜて冷たい手に温もりを分け与えるかのように何度も摩る。

「……早く目を覚まして元気になれ……。 そうしたら、俺が、お前のパパとママを探して……本当の家族の元に還してやる……」

赤井はポケットにしまってあった小さな塊を包んだハンカチを取り出すと枕元のテーブルに置く。


「お前の服にしまってあったアクセサリー……」

ドロップ型のダイヤを半分に割って作られたペンダントトップ。
GPS等の発信器もなく、盗聴器にもなっていない。
カッティングの技術から一つの医師を半分にしたものだろうと鑑定士が言った。
つまり、片割れを持つ兄弟姉妹がいるという事。

「これだけが手がかりだが、ここまでの宝石を持っているのが誰なのか、FBIの情報では分からなかった。」

(組織が与える訳がないとすれば拉致されるまえに本当の家族が、代々伝わっていたものを兄弟姉妹で持たせたのかもしれない。 けれど 探して見せるからな……)

赤井は小さな手を開いてペンダントトップを握らせる。


「そうだ…… 知ってるか? 日本の歌に”さくら”という古謡があるんだ……。お前ならアカペラで歌うだろうが、箏曲集で、琴に合わせると情緒深い歌になる…… 春の歌だが、正月とかにあちらこちらで聞いて調べたんだ」

赤井は小さな声で歌う


♪・・・・・・・・♪


さいた櫻
花見て戻る
吉野の櫻
龍田の紅葉
唐崎の松
常盤常盤
深みどり

※昔の歌詞です※


♪・・・・・・・・♪

「……俺は絶対音感なんて持ってないから歌う柄でもないが…… お前が歌うときっと皆おどろくだろうな」

赤井は頭に付けられているコードを避けるように優しいキスを額に落とす

「なぁ…… 桜? 早く元気になってまた聞かせてくれ…… お前の優しく透き通った歌声を……」


♪・・・・・・・・♪

さくら さくら
弥生の空は
見渡すかぎり
かすみか雲か
においぞ出ずる
いざや いざや
見に行かん

さくら さくら
野山も里も
見渡すかぎり
かすみか雲か
朝日ににおう
さくら さくら
花ざかり


♪・・・・・・・・♪
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