Act-33 混乱
「吉野の桜は、4月から5月にかけて楽しめるという。 山裾から咲きだして、山の上は5月ごろまで楽しめると、ネットに出ていた。小さなお前が歩くのは無理だろうが、中千本まではバスがでていて車でも行ける。お前のパパとママが見つからなかったら俺が連れて行ってやってもいい。中千本から先は子供には可也無理があるから、背負ってやろう。吉野の近くのホテルに泊まってもいいしな―…」

桜の耳に届くか届かないか、小さな声で歌っていると、ピクン、と小さな手が動いた。

「?」

宝石を握らせた方の手が、何かを確かめるように動く。

「桜…… ?」

赤井はその手を包み込むように握りしめて声を掛ける。

「……ま ……… に 」

微かに漏れる声

「桜? 何が、言いたい? …… Dr! 来てくれ! 桜が」

赤井が呼びかければ、医師が看護師を伴ってバタバタと弾かれたように入ってくる。

「桜が、この子が、今…… 少しだけ何かを云おうとした…… 聞き取れなかったが」
「桜ちゃん? 確かに脈拍が、少し早いですが、一体何を……」
「桜を保護した時に身に付けてた宝石を手に持たせて…… 話かけてただけだが」
「…… 助けだす前、ずっと身につけていたものですか?」
「それは分からない…… だが、宝石には間違いなくこの子の指紋が付いていた。 この子だけの指紋だったから、間違いないだろう」

医師は桜の脈を確かめる。

「桜ちゃん?」

その言葉に桜の手がピクンと動く。

「桜……! サラ!!」
「…………」

銀色の長い睫が揺れる

「…… ぁ…… やっ だ………」

脳波の測定器が乱れて大きな波を描き、脈拍計の数値も呼吸も乱れる。

「赤井さん! その儘呼び続けて下さい!」
「!! 桜! 」

医師は毛布を捲って心臓の当たりに付けられている管を避けて注射器で液体を流し込む。

…………!

幼い躰に付けられている幾つもの管を目の前にして赤井は一瞬目を背けた

「……っ!」

針の痛みを感じたのか小さな呻き声


「桜! 目を醒ませ! 桜!」

(お前は…… これから沢山、楽しい事を。楽しい想い出を作っていいんだ。 俺が、俺達が、守ってやるから)

「う……」

長い睫が揺れる。

「桜!」

赤井は少女の顔を覗き込むと軽く頬を叩く。

そして、何度か、痙攣をおこしたような呼吸の後、固く閉じられていた瞳が何度か瞬きを繰り返し、翡翠色の瞳が宙を彷徨うように開かれた


「桜……?」


焦点を結ばない望洋とした翡翠の瞳。

(志保の…… シェリーの瞳の色に似ている? 鏡に映した様に同じ色。 志保がディーヴァを可愛がって居るというのは、この子の瞳の色のせいか? 顔だちも髪の色も違うから、瞳の色だけ同じというのは血縁関係に結び付けるには弱いし、宮野夫妻は当に亡くなられた。  ……否。 ぞれを言うなら髪の色がジンと同じ見事な銀色だが、万一彼奴とシェリーの子だとしたら、安室の処分は軽すぎるし、シェリーが産むとしても年齢的に無理が有りすぎる)

「ぁ……」
「まだ動いちゃダメだよ。じっとして……」
「……! 桜……」

医師の言葉に考え事から解放された赤井はそっと顔を覗き込んで、頬を撫でる。

「苦しく無いか? 何処か痛い所は……?」
「……?」

キョトンと病室を見回して白衣の医師や駆け付けた看護士、赤井をみる。

「此処 は?」
「病院だよ。 もう、大丈夫。此所には怖い人は居ないからね? お名前を云えるかな?」
「な…… ま え?」
「パパやママに何て呼ばれているのか、先生に教えてくれるかな?」
「名前? 私は…… 何が? ここ、どこ?」
「桜? お前、その喋り方は、」
「桜? だれ?」

「「「―…」」」

きょとん、とした顔と言葉に、3人は顔を見合わせた
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