Act-35 我儘
「桜ちゃん。 ちょっとだけ目を瞑っててくれるかな? 頭に付けてるコードを取るからね?」
「ん…… っ」

医師はラテックスの手袋をすると、頭に付いていた数本のコードを取り外す。
傍に従った看護師が吸盤が付いていた所をウェットティッシュで拭いていく。

「大丈夫? 気持ち悪くない?」
「うん…… へいき。」
「ふふっ 桜ちゃんの髪の毛は本当に綺麗な銀色ね。 まるでお月様かお星様の輝きみたい。」
「お月様……」
「そうよ。 おまけにふわふわで柔らかくて。 羨ましいわ。 今度、可愛いリボンを買ってきてあげるから、そうしたらツインテールとか三つ編みとかしましょうね。」
「ホント?」
「ええ。 可愛い、レースとか、苺模様とかのおリボン、探してくるわ。」
「お約束?」
「ええ、約束。 でも、探す時間を頂戴。」
「うん!」

赤井は自分には出来ない看護師と桜の女の子らしい会話に目を細める。


「脳波の計測はもう終わりか?」
「意識がない間は容体の悪化の心配もあって必要でしたけどね……。 ちゃんと目を醒まして会話もできます。深呼吸もちゃんとできてますし、脈拍計だけで大丈夫だとは思うのですが熱が有りますから、カニュレは取れません。 最もまだ安静が必要なので、その…… 尿道管とか…… 心臓に付けた管も取れませんが。」
「そうか…… 仕方ない、か」

医師は翡翠色の瞳で赤井を見ている少女をみる。

「桜ちゃん。赤井さんに余り心配掛けたらメッ だからね? 仕事で忙しい中、時間見つけては連絡してくるし、とても心配してたんだよ。まるで、本当のパパのようだ。」
「パパー……? このおじさんは…… 秀一は、桜のパパ?」
「おじさ…… せめてお兄さんと呼んでくれ。 秀一でもシュウと呼んでも構わなないが」
「何言ってるんですか? 4歳の子供の後見人なら、パパも同じでしょう?」
「後見人……? 桜のパパは居ないの? 秀一はパパじゃないの?」
「いや、だから俺はパパじゃなくて……。 探してやる。 お前の本当のパパもママも、俺達が探してやる。」
「探す……」
「でも、其までは、赤井さんが、パパになってくれるよ。優しい、強い人だからね」
「守る? おじさんがパパ?」
「大人が子供を守るのは当然だ。特にお前は、俺にとっても特別な存在だからな……」

赤井はどうしてバラした、と言わんばかりに医師を睨む。

「さ、お喋りはここまでだよ。 お水と一緒に、この飴もごくんと飲んで、眠りなさい。」
「飴?」

医師が見せたのはピンクにコーティングされた糖衣錠の小さな薬。
見方によっては苺ミルクの色である。

「甘いからすぐに飲める飴だよ。」

医師は赤井に小さな錠剤を二つ渡す。
赤井にはそれが薬だとわかるが顔には出さない。

「桜…… お前が寝付くまで傍に居てやる。 安心して寝なさい」
「傍に……?」
「あぁ…… 」
「じゃあ…… お歌、歌ってくれる?」
「歌? 歌はお前の方が上手だろう? 絶対音感と絶対聴力を持っているんだ。」
「……桜が 寝てる時、歌っていたのは秀パパでしょう?」
「……っ」

いきなり秀パパと呼ばれて目を丸くする赤井と吹き出す医師。
背後で点滴のスペアを用意していた看護師がくすくすと笑う。

「赤井さん。赤井さんの負けですよ。 可愛い”娘”のおねだりに答えてあげたらいかがです?」
「Dr? 楽しんでいるだろう?」
「勿論。赤井さんを言い負かすなんて桜ちゃんが初めてでしょうからね」


その言葉に赤井は何度目になるか分からない溜息を吐いた。

「俺はお前と違って歌は上手じゃない。 クレームは受付ないぞ?」
「うん!」

大人びた言葉と違って、キラキラとして瞳を向けてくる。

「じゃあ・・ 私達は、親子のスキンシップの邪魔をしないように出ようか。」
「はい、Dr」

医師と看護士が笑う。

「後、2、3日、この管は外せないから、我慢するんだよ?」
「取れない?」
「桜ちゃんが何時、目を醒ますか分からなかったからね………。明日か明後日…… 精密検査をして異常が無かったら邪魔な管は取ってあげるから」
「…… はい、Dr」


なんだろう、この不安。
目が覚めたらいつも取ってくれてた筈。
沢山の管に機械音。
気持ち悪い。
どこか 暗い場所でずっと眠っていた気がする。
怖い……
私は、今まで何処にいたの?
目の前に銀色の波が見える。
不思議とその銀色は優しいのに
なのに冷たい目が見える。

ゾクリとした感覚に、桜は身を震わせた
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