Act-39 May Way 前編
「パパ……?」

桜は赤井が泣いているような気がして目を醒ました。

(パパが、泣いてる?)

組織での記憶がないもののディーヴァとしての感覚が赤井の苦しみを感じ取る。

「赤井秀一…… 」

どこだか分からない場所で息が止まりかけた時、引き戻してくれた人の目がパパに似ている。
ここで目を醒ました時、心配そうな顔で私をみていた…… 優しい瞳。
沢山、唄ってくれた人。

秀一はパパじゃない。
でもパパのような人。

桜はゆっくりと躰を起こす。
ベッドの周囲は滅菌のシャワーライトが24時間降り注いでいるが、硝子壁は無くなり、遮光性のあるカーテンだけになった。
夜以外はクラシックやミュージカル・オペラ、世界中の童謡民謡に至るまで、聞きたいときに聴きたいものを流してくれる。
防音装置の有る部屋にいる為、外の音や声、雑菌が入ってくる事はないが、あまりの夢見の悪さと胸騒ぎに目が冴えわたる。

(パパ……?)

―…… パパは暫く忙しくて来れないから

キラキラ星を歌いながら…… 沢山の歌を歌いながら秀パパはそう言った。

(とても危険なお仕事なのだと、直ぐに分かった。 でも、こんな小さな躰じゃパパに付いていくなんてできない。)


”…… うん。 仕事はやりがいあるんだけどね…… 面倒みてる子がとても可愛い子なんだけど、一寸変わってて”

廊下で話す看護師さんの声。

”まだ幼児なんだけど、放し方とかは子供じゃなくてまるで大人よ。 時々子供っぽくみえるから、多重人格みたいな感じ…… うん。とりあえず2ケ月単位で最高半年。 これ以上は守秘義務で言えない うん。 お給料は普通よりもいいんだけど、時々気味悪くて早く終わるといいんだけど。”

(……! 私の事?)

桜の優れた聴覚が看護師の言葉を聞き取ってしまう。

"あ…… ごめん。そろそろ夜の検温とかしなきゃいけないから…… うん。またね"

(……)
桜はその声にベッドにもぐろうとしたが、躰が動かなかった。

「桜……  ちゃん?」

静かにドアを開けた看護師はそっとカーテンをあけるとベッドに起き上がっている少女をみて慌てて寄ってくる。

「ど…… どうしたの? 怖い夢でもみた? 大好きな苺ミルクを少しあげましょうか?」

桜は答えない。
ただ、翡翠の瞳から透明な液体を流す。

「……泣かないで。 熱が出てしまうわ? ほら…… 赤井さんが…… お父さんが送ってきたクマの縫いぐるみは?(熱を出されるとまた付いてなくちゃならないのに……)」

(聞きたくないよ…… そんな言葉。 桜と普通の子とどう違うの……?)

溢れる涙が止まらない。
気づきたくなかった心。


パパ。


(もしかしたらパパも…… 秀一も、この看護師さんと同じように思っているの?)

看護師はおろおろと顔色を変える。
普通の3、4歳と違って、桜に御機嫌取りは使えない。

「桜ちゃん…… (もう! 幾ら見た目可愛くても扱い難い子) そうだ…… 抱っこしたげようか? 先生に内緒で一寸だけリラクゼーションルームに行く? プラネタリウムでお星さま見れるわよ?」

桜は差しのばされた手を振り払う。
頭痛が起こる。
看護師は振り払われた手に驚いて、震える少女を見る

「大丈夫よ? 此処は安全だから。誘拐した人達は此処には居ないわ。」
「誘拐……?」
「そうよ?  …… 誘拐されて、恐かった時の夢を見たのね?  Drが夜食を食べに行ってるけど、そろそろお戻りだから、睡眠薬を貰いましょうか?」

看護師は桜の反応に自身を納得させる。

(幾ら子供らしくなくても、まぁ、誘拐されちゃおかしくもなるわよねぇ。 幼い子供相手に怒っても虐めって思われたく無いし。)

看護師は桜の頭を撫でようとして、怯えた目を向けられて手を止める。

(何なの、一体! まるで…… 私の言葉を信じてない用な………? まさか、さっきの電話 ……そんな筈は、この部屋は防音だし)

吸い込まれそうな翡翠色の瞳。
僅か4歳の子供に畏怖を覚え、萎縮してしまう。

(見透かされる用な瞳。)
看護師は飛び出しそうになる悲鳴を押さえる。

「どうしたんだね?」

本当に医師を呼びだそうかと思った時、カラカラという静かな音がして、白衣の医師が姿を見せて声を掛けてくる

「Dr。 実は桜ちゃんが、怖い夢を見たらしくて起きてしまって。さっきからずっと怯えてて 夜の検温が出来ないんです。」
「敏感な子だからね ―… となるとタイミングが良かったのかな?」
「え……?」
「ほら、桜ちゃんパパ。―… 赤井さん、入って来たらどうです?」

医師の言葉に赤井が姿を見せる

「食事から帰って来たら、病院の近くで赤井さん ー…… 桜ちゃんパパが車を止めているのを見掛けたんだよ。だから 桜ちゃんの寝顔位と思ってね。 まさか起きているとは思わなかった」
「すいません。 余程怖い夢を見たようで、ずっと怯えてて。」
「桜…… 嫌な夢をみたのか?」
「秀パパ?」

翡翠の瞳から堰を切ったように涙が溢れてくる。

「桜……!」

赤井は慌てて、手にさげていた箱を医師に預けると、大股でベッドに近寄り、小さな躰を抱き上げる。

「大人びて知能は高くてもやはり子供……か」
「え……? えぇ…… そう、ですけど」

苦笑する医師に反して看護師の言葉は歯切れが悪い。

「桜ちゃんの目が…… 子供に見えなくて……  一瞬、とても怖かったんです……」
「色々な薬を打たれて教育されてたみたいだよ。 赤井さんが桜ちゃんを助け出した場所は…… はね。才能ある子供を沢山……教育していたようだ。」
「そうなんですか……」

赤井に抱かれてぐすぐすと泣きじゃくる姿は幼稚園児と同じ。
赤井は赤井でジャケットを脱ぎながらソファに座ると優しく抱き締めて背中を撫ぜて額や頭にキスを落としている。


(寝付けなくて……ドライブがてら一寸病院まできただけだったんだがな)

ジンに言われた狙撃は文句のつけようもない出来栄えだった。
女性の前で家族の眉間を射抜き、命を取るなと言われた女性は心臓ではないが左脇腹と左肩を射抜き、もう2度と左腕は使えなくなった。
FBI捜査官としても、2度と、捜査に戻る事はできない位の恐怖とダメージ。
精神的な治療には長くかかる。

(済まない…… 助けてやる事も…… 連絡も取れなかった)
平然とした顔で狙撃場所を片づけてマンションに帰った。

その直後、ジンからの電話は1週間以内〜2週間以内に褒美をやる、3日の休暇をやるから女でも抱きに行ってろ、の一言。
夜の臨時ニュースで、日本在住のアメリカ基盤の会社の理事長一家が出先で狙撃された事と、その家がほぼ同時刻に爆破されたのが流れる。
日本警察が躍起になって犯人逮捕調査に入るだろうが、赤井の狙撃可能距離はFBIでも極秘事項。
組織としても、あの距離の狙撃可能はライ=諸星大と、ジンの二人位。
長距離狙撃手として組織ぐるみで隠匿される。

猛る怒りと躰。
けれど、明美を抱く訳にはいかない。
今抱いたら、歯止めが利かなくなって、どんな抱き方をしてしまうか分からない。

頭から冷水をあびて、怒りを抑え込む。
そして、リサイタルで隠し録音をしたディーヴァの讃美歌をイヤホンで聞く。
聞けば聞くだけ慟哭が漏れる。
そして桜に会いたくなった。

真夜中、アパートを出て、車を飛ばした。
最初1時間程は組織の車がつかず離れず追いかけてきたが、高速にあがって海を目指して飛ばしているうちに消えたので24時間営業のドライブイン・カフェで珈琲を飲んで煙草を喫って少し休んだ。
そして、ドライブインの中で売ってた熟れた苺をみたとたん桜の顔を思い出す。
無意識で苺を箱で買って戻る途中、無意識で桜が入院している病院に近づいていて車を止めた。

家族扱いとはいえ面会が許される時間ではない。
帰ろうと思っていた所に、夜食を近くのコンビニのイートインで食べてきたらしい医師に運転席の窓を叩かれた。

「顔を見るだけ、ですよ? さ、車は地下駐車場に。置きっぱなしでは万一の時に困るでしょう」
「ありがとう、Dr」

医師を車に乗せて警備を通り、地下にもぐって止めると苺の箱を持って降りる。
「苺? そんなに?」
「ああ…… ドライブインでな。 味見したら甘かったから、桜が喜ぶだろうと思ってつい買い込みすぎた」
「全く、甘いパパですね。」
「ははっ! パパの自覚はないが、甘い後見人なのは認める」
「何いってるんですか…… 秀パパと呼ばれて頬を緩ませた人が」
「―…… いや、法律上は後見人だ。名前も違うぞ」
「同じですよ。 そうそう、桜ちゃんといえば、この2、3日、比較的御機嫌で体重も病院に来た時より、1キロ増えたんですよ、最も術後のアレルギーもあるので偏食のお姫さまで、お肉もお魚も嫌がって、苺ミルクは好きなのに、乳製品アレルギーがありますから豆乳です」

そう教えてくれる医師の顔は笑顔だ。

「僕も本国に子供居ますからね。今9歳ですが、ヤンチャ小僧です。でも、2歳で入院したとき、体重が一気に減って何も食べれない時があって……、その体重が戻る時、500g程度でも嬉しかった事を覚えてます。」
「500でもー……?」
「親何てそんなもんですよ。桜ちゃんは平均値より軽いから、後、2、3キロ増えて欲しいんですけど、一気に増えても心臓に負荷がかかりますからね、少しずつ……」

小さな声で話していれば看護師のなだめるような声。

「桜ー……?」
「トイレとかかもしれませんね。桜ちゃんは夜尿症とかもなく、自分でトイレに行ってしまいますから…… 最初は焦りました。」
「良いんだか悪いんだが…… 俺の妹は構ってほしくて、可也長い間トレーニングパンツ付けてたぞ」
「子供にも個体差がありますよ。妹さんはお兄さん子だったんですね」
「見た目は男だ。 アイツこそ性別を間違えて生まれたと云っても過言じゃない」
「おやおや。 でも、年ごろになったら変わりますよ。」
「ハッ! どうだか、な」

そしてドアを開けたら目に一杯水を溜めた顔。
赤井をみるなり頬に伝う涙。

幸い以前のように管に繋がれているわけでもないので赤井は苺を医師に預けて近寄ると抱き上げる。
細い腕を伸ばしてしがみ付いてくる温もり。

(―…… 桜。)

何も考えずに無条件で愛おしい。

「どうしたー……?」

会えない日を埋めるように沢山のキス。

ポロポロを頬を伝う涙

「嫌な夢をみたのか? 怖い夢か? ―… 俺がいるからもう泣くな」

片手で器用に抱きながらジャケットを脱いでソファに座るとゆっくりと背中を撫ぜて涙が収まって落ち着くのを待った。
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