Act-42 惜別 後編
腕時計の時間を倉庫のライトで確認する。

(約束の時間は夕方6時。……ジンの事だ。 時間に五月蠅い奴の事だからもう来ても可笑しくない筈なんだが。俺を試す為か―…? ギリギリの時間か5分位前には来るだろうが……)

赤井は倉庫の中を見渡すがジンの姿はない。

倉庫の近くには来ているのが分かるようにシボレーを止めてあるが、すでに集合している仲間たちの車は3キロは離れた場所にバラバラに止めてある。

気配を殺す事に長けた捜査員とまだ新人の捜査員が3人程フォローで入っている。

2日前に仲間が来た時、段ボールの家があった事からホームレスが居ついているのは想定していたが、倉庫の中に生活臭はなく、ブルーシートみたいなものがあり、雨の日はその中で寝泊まりしていたらしいのは缶詰や酒瓶、破れて古ぼけた毛布に穴の開いた靴などから用意に想像がついた。
外にある家にも、ちびた煙草の吸殻、汗が染みて洗ってもいないシャツ。
唯一高額と思えるものはさびた銀のナイフ。
拾ったのだろうか
缶きり変わりに使っているらしく妙に曲がっていた。

盗聴器や盗撮の類のものがないかどうかは先行部隊が念入りに調べたが探知機に反応は見当たらない。

(本気で俺をパートナーにするためのテストだとしたら……)

赤井は考えを巡らす。

(―……俺がジンだったとしたら? 何をする?)

ふと目に止めたのはホームレス用の家。

(まさか―…… いや、あの感じからして1〜2週間前の家じゃない…… もう3ケ月か4ケ月は)

赤井はポケットから煙草を出す。

と、倉庫の少し離れた場所でガシャガシャと音がしてホームレスが戻ってきたらしい気配がする音を聞きとがめた新人が様子を見に出ていく。
仲間が慌てて止めようとするが、捜査員はすでに倉庫を出て云って、何か喋ってる声がする

(あの馬鹿!! ミーティングで何を聞いてたんだ!? 何があって、誰が来ても持ち場から動くなと説明を受けなかったのか!!)

赤井は舌打ちをする。

(もし、あのホームレスがジンの仕込んだ罠だったとしたら……っ)

男がのそのそと戻ってきて仲間に説明をするが、仲間は赤井と同じ事を思ったらしく小さな声で怒鳴りつけている。
新人がハッとなって自分のした事の重大さに気が付いたらしく、厳しい顔になっている赤井をみて真っ青になるとガクリ、と地面に膝を付いた。
だが、同情する仲間は独りもいない。

(時間まであと5分……)

腕時計の秒針の音だけがカチカチと音を立てる。
ここまでくるのに2年―…… 3年もかけた。

それが、たった一人捜査員の不注意からくる1分にも満たないミスで―……

もし、ジンが来なかったら…… 彼女はどうなる!?
組織に入る為に近寄った一人の女に罪はない。
直ぐにも連絡をとりたいと思った。

着の身着の儘でいいから逃げろ―……
証人保護で直ぐに国外に逃がしてやるー…… と。

だが、罠でなかったとしたら、電話してる時にジンがウォッカと姿を見せたら?

「くそ…… っ」

小さな呟きだが、倉庫ならでは反響する。

(ここまでくるのに俺は! どれ程罪の無い人を傷つけ―……撃ってきたと!)

指定の時刻になっても…… 10分が過ぎ30分が過ぎ―…… 1時間が過ぎても
車の音も足音も聞こえない。
念の為、スマホで道路情報を確認するが近辺で事故があった情報も警察のパトロール情報も皆無。

撤退のタイミングは赤井と、捕獲計画責任者であるジェイムズに任されているため、他の捜査員たちは規定の位置から一言も発しない。

(待ち合わせから2時間―…… 明美はどうなったのか……)

最後のデートの後、プライベートの携帯はFBIの権力を使って、即座に凍結。
いかなる問い合わせもできないように機密保持契約に基づき、たとえ弁護士が相手でも情報開示ができないように手続きを取った。
アドレスも変更し初期化して受信も発信も出来ない状態になっている。

時計や真夜中を告げる時間になっても、ジンは来ない。

カツカツカツ……
3キロ以上離れた指揮車で待機していたジェイムズが入ってくる。


「―…… どうするね? まだ、待つかね?」
「―…… 彼等の行動時間は夜中が主です。 もう少し待たせて下さい。」

赤井はペコリを頭を下げる。

「明け方までだ。 流石に日が上がってからくる事はないだろう。」
「すいません。」
「俺が……っ 俺の所為で……っ」

新人がボロボロと涙を流しながら頭を下げる。

「そうだ。 君の所為だ。 たった数秒の判断の誤りが赤井君が3年の月日を掛けた仕事を無駄にした」
「俺……っ 俺は」
「アメリカに戻ったら研修生と一緒に教育の受け直しをさせる。それから減俸処分は覚悟しておきたまえ」
「―……はい」

ジェイムズの言葉に黙り込む男。

「撤収のタイミングは赤井君の指示に従え。私は指揮車に戻る。」
「…… ジェイムズ」
「何かね?」
「―……手の空いてる人に一つ頼みをしたいのですが」
「解ってる。 もう確認に走らせているが報告はまだだ。」
「……そうですが……」

赤井は溜息を吐く

(解ってる…… この任務は失敗だ。)

撤収する時間は早ければ早い程安全だ。
赤井は彫像を化したかのように動かない。
ミスをした捜査員も他の捜査員につれられて指定の位置に戻されたが役に立たない。

赤井がどれ程の想いでこの3年の命を懸けたか、仲間たちは知っている。
ジンを捉えて―…… 組織のボスである”あの方”の情報を入手する。
それだけの為に全てを犠牲にしてきた事を知っている。

叫びだし、馬鹿な捜査員を詰り、罵倒し、殴りつけたい。
けれど、万一ジンが来たらー……
それを理解していればこそ、動かなかった。



長い―…… 長い時が 過ぎる。

港にあるだけに朝日が昇るのは早い。

赤井は何本目になるか分からない煙草を靴で踏みつぶしてから簡易灰皿に入れると深呼吸を一つして手を上げて一振りした。

それは前もってきめておいた撤収のサイン。
サインをみてバラバラと散っていく捜査員。

「あ…… 赤井 さ……」

そのサインにミスをした捜査員が寄ってくる。

「お前ー…… 名は」
「キャメル…… アンドレ・キャメル」
「そうか……」

赤井は振り向き様に容赦ない拳で頬を殴りつけ、腹部に拳を入れる。
ダン! と数メートル程飛んで腹部を押さえる、キャメルと名乗った男。

「でかいのは図体だけか!? 2度目は命がないと思え。」

赤井は後ろを振り返る事もなくカツカツと外にでると愛用の銃を構えて倉庫の中にある油の入ったタンクを撃ちぬく。

キャメル、と名乗った男が無事に集合場所に戻ってくるかどうかは分からない。
赤井は自分の車に戻ると燃え盛る倉庫を背後にシボレーのキーを入れた

(……明美  どうか無事で……)

赤井は、自分のマンションに戻る事もせずに待ち合わせの場所に直行した。
車は待ち合わせの場所にある大型のトラックに乗せる。
その後、車はFBIの業者によって、アメリカまで戻す。

その手配は出来ている。

そして、空港には個人飛行機として登録されたFBIが所持する小型ジェットが3日前から待機済だ。
小型ジェットはアメリカで病院を運べるようにクィーンサイズのベッドを運び込み、点滴やら酸素吸入器やらをセットして、本国の医師が一人同乗して来日している。
赤井とジンが待ち合わせをするタイミングに合わせて病院から霊柩車をだし、その中に桜と、担当医師と看護師が乗っている。
二人とも一端、アメリカまで来させ、看護師は日本人であるため、お礼という名目で好きな国へ2週間程案内させる間に安全を確認しその後帰国という手段を取る事になっている。
死んだ人を運ぶ霊柩車を選ぶのは不吉すぎるという意見が多かったが、日本人の心理として霊柩車のの中まで確認するような警官は居ない―……。
寧ろ、丁寧にお悔やみの言葉をいう位だ。
運転する男は日本語ペラペラな外国人と助手席は日本警察の警察官だ。

赤井はただ、桜と合流できる事だけを考えて車を走らせた。
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