Act-44 ミューズの祝福 後編
「桜?」

目を醒ました桜の為に用意されたのは野菜のみで作られたコンソメスープ。
そして小さな甘いミルクパンとイチゴのヨーグルト

桜は子供の中でもかなり小食で、出された食事を半分程しか食べなかったが、熱が下がったばかりで胃も働いてないのだろうと、無理に食べさせる事はしなかった。

「なぁに?」
「アメリカに戻ったら、俺の娘として暮らさないか?」
「娘ー……?」
「お前はまだ4歳。 大人の保護が必用だ。 お前はアメリカ国籍だし、俺はお前の保護者として法律上の手続きをしてあるから問題は無い。どちらにせよ、俺はお前の産みの親が見付かるまでは、見付からなければ成人するまで面倒を見るつもりだったしな」
「ー……」

(私は普通の子と違う。 私はテロリストに拉致されて何等かの教育みたいな事をされた所為で、普通の子よりも知能が高いのに。)

「俺の子供として、赤井桜になって、一緒に暮らすのは、嫌か?」

直ぐにYesと返ってくると思っていた赤井は溜息を吐いた。
その言葉に桜は顔を伏せる。

「まぁ…… 直ぐに決めろ、というのは無理な事かもしれないな」

気まぐれでもパパと呼んでくれるのは嫌われてない証拠だと思いたい。

「アメリカで、ゆっくりと躰を治しながら考えてくれればいい。」
「私……  普通と違うのに、秀はどうして優しいの?」
「普通 ってなんだろうな? 」
「だって…… 私位の子は、こんな喋り方、しないでしょ? 幼稚園とかでひらがなとかカタカナとか教えて貰うんだって前に看護師さんが」
「ー…… そうだな。 子供が初めて他人とふれあい、友達を作って、喧嘩して謝って…… 沢山の事を学びだす頃だ。それは間違っていない。 成績が良ければ親は喜ぶ。 けどな、人として一番大切なのは成績では計れないと思うぞ。」
「計れない?」
「親が愛した…… 愛されて育てられた子は不幸にならないと俺は思いたい。」
「秀一は? 秀パパは幸せなの?」
「俺はー………  自分で選んだ仕事はハードで時折キツイと思う事もある。 だが、この仕事をえらんだからこそ、お前と出会えた。 お前に会えた事は幸運と言ってもいいと思う。 ……俺を生んでくれた親がいたから今の俺がいる。アメリカには年の離れた妹が母親と暮らしているし、日本では弟が暮らしている。 そうだな。滅多にあう事はないが不幸では無い。」
「なら私は? 私のパパとママは?」
「お前はー……」

赤井はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「済まない。 色々手は回しているんだが、日本には居ないようだ。今、FBIを通じて情報機関に問い合わせをしているが解答がくるまで時間がかかるとの事だった。ー…… ここからは俺の推測だが、お前は普通なら超天才児として騒がれてもいい筈の知能を持っているが、TVや新聞のニュースには全く見当たらなかった。 と、いう事は、行方の掴めてないお前の本当の両親は、頭のよさよりも自慢するより躰を治す事を第一に考えたんだろうと俺は思う。だから、お前は愛されて産まれてきた子だろう」
「躰?」
「心臓の当たりに傷が残っているだろう?」
「……うん」
「それは、心臓の移植手術を受けた後だ。 恐らく、産まれた時、何等かの重度の心臓疾患があったんだろうな。 お前の手術をした医師は分からないが、高度医療の粋を極めた治療で、後遺症ー…… つまり拒否反応とか感染症とかだが、その為の薬は服用しなくてもいい程だそうだ。最も走る事を含めた運動は禁止。」
「心臓移植?」
「だから、桜は普通とは違うかもしれない。けどな…… お前は心臓と引換えにミューズに祝福を貰ってきた。」
「ミューズ?」
「ギリシャ神話に出てくる歌の女神の事をミューズと云うんだ。アルファベットではMUSESと書く。」
「ミューズは複数形で単数だとムーサと呼ばれていて、カリオペ、クレイオ、エウテルペ、タレイア、メルポメーネ、テレプシコーラ、エラト、ウーラニア…… と呼ばれる9人の女神がいるという。お前はミューズの祝福を受けて生まれた子。”歌媛”だ。」
「ミューズ・・ 歌の女神。」
「俺は神話には詳しくなくてな、それぞれ、得意な役割もあった筈だがー…… 竪琴とか笛とか合唱とか。知能とか歴史だったか…… もあったから、お前の知能も歌もミューズのからのギフト…… 贈り物だと思いなさい」

赤井は苦笑する。
桜に何か聞かれた時の為に前もって調べておいた言葉。

「お前の歌も知能も、女神たちからのプレゼントだ。 俺はー…… お前の歌で癒された。お前の歌は、沢山の人の心を癒す事ができる声だ。誰もがもらえるギフトじゃないだろう?」
「秀パパ……」

翡翠の瞳から水が溢れる

「ん? だから…… 普通と違うなんて思うんじゃない…………。 お前の本当の親はきっとどこかでお前の事を探してる筈だ」

赤井はそっと抱き締める。

「うん」
「良い子だな」

(普通と違う。 この子は既にそれを知っている。ー…… 組織に拉致されていたという事はもしかしたら明美と志保の両親のように無くなってる可能性もある)

「秀」
「ん?」
「私…… 秀パパが大好き」
「俺もだよ、お姫様」

パパと呼んだり、秀と呼んだりコロコロ変わるが、嫌われてないのだけは解る。

ならば、これからゆっくりと信頼関係を培っていけばいい。
赤井はそう思った。

(明美。 この子は俺が守る。 そして、何時か必ずー…… 組織を潰す)


「秀?」
「何だ?桜」
「赤井秀一は、私を家族にしても迷惑じゃないの?」
「迷惑?」
「だって…… 私、自分の名前も何も覚えてない。 拉致されてた時、何をしてたかも覚えてないのに」
「法律がお前を守る。 ー…… お前のような子に何をしたのか、俺にも分からないが、お前には何の罪もない。心配しなくても大丈夫だ」
「普通の子じゃないのに?」
「お前は十分普通の子だよ。…… 女神たちの祝福を沢山貰ってきた普通の子だ。自分の子供を嫌う親が居ると思うか?」

出会って数か月も経っていない。
一緒にいる時間はとても短いのに、愛しくてたまらない。

「俺の娘になるかどうかは一緒に暮らしてから決めればいい。アメリカの俺の家は仲間たちが管理してくれているから、何時でも暮らせ …… いや、暫くは検査入院が必用だが、退院したらまずはデパートにいって、ベッドを買おうか。後、机に鏡台…… グローゼットは部屋に備え付けだから服と靴を」
「ー……」

桜は楽しそうに話す赤井を見つめる。

「……私、秀のようなパパが欲しい。でも、名前はこのままがいい。気に入ってるの 」
「なら、桜A白銀だな」
「うん」
「俺は桜のような娘が欲しかったんだ」

疲れたように目が閉じられる。

「おやすみなさい、 パパ」
「あぁ…… お休み」

赤井は閉じられた瞳の上にそっとキスを落とした。
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