Act-46 逃避行 前編
「全く恐れ入ったよ、君の計画には」
疲労困憊した、という風に初老の捜査官・デビッド・ロッシは言った。
「今更…… だと思うが? それに、最後まで付き合うと言ったのはロッシの方だ」
にっと口角を上げていう赤井。
「確かに付き合うと言ったのは私だが、折角予約したドイツ行きの飛行機に乗らずに態々、テロの連中がいると思われるたまり場を通って、そのー…… 何と云ったか、アケミ・ミヤノだったか? その女性のアパートを探るように覗いて、地方に向かって、観光客よろしく京都めぐりをして、それから北海道まで行き、そこからハワイ便をチャーターしたと思いきやロシアに向かってエカテリーナ美術館を巡ってやっとアメリカに…… と思ったらイタリアに行き、ドイツに行き、スイスのインターラーケンで観光して…… 全額経費で落ちるかどうか不安だよ」
「奴らは馬鹿じゃない。幹部の連中ー…… 特に狙撃手たちはオリンピックに出たらメダリスト位の技術を持ってますからね。」
「それ程の腕か」
「あぁ…… 特にジンは…… 700ヤード超える腕を持つという。」
「確証がないような言い方だな。」
「俺は見たことがないからな。 だが、キャンティは700超えのシューティングを何回も見たと言っていた」
「そのキャンティとやらは」
「女だが、650は行くだろう。犯罪者、という事を抜いて、女性という事だけで考えれば称賛に価する腕前だ。」
「650…… か。と、すると近場にいたら逃げても無駄だな」
ロッシは溜息を吐く
「だがー…… 俺の名前は知らないからな。FBI発行のパスポートが3つあれば何とかなるもんだな。」
桜と別れてからほぼ1ケ月。
あちこちと移動中もジャミングシステムを使って日に一度、多少前後するが、決まった時間に声だけは聴いていた。
「俺だ」
「秀パパ! 元気?」
「勿論だ。 お前は元気か?」
「うん。だいじょーぶ。今日ね、スペンスにチェスを教えて貰ったの。でも負けちゃった……。」
「ルールは覚えたか?」
「うん。筋はいいって。 でももっと先を読めって。スペンスはね囲碁も強いの! 5回やって5回とも負けちゃった」
「ははっ! じゃあ、帰ったらFBIの連中と総当たり戦のイベントを組んでやるから頑張って強くなれ」
「うんっ。チェスも囲碁も面白いの! あとね、もう使わないPCの分解をペネロープとやったの! ペネロープは自作でタブレットも作れるんだって! 今度、桜のも作ってくれる約束したの!」
「ほぉー…… ガルシアが」
「そう!だからね、桜、緑色で作ってってお願いしたの!」
「…… 緑?」
「パパの目と同じ色のが欲しいって。」
「…… そうか。 ならパパはお前と同じ瞳の色のをオーダーするかな」
その言葉に赤井の頬が緩む。
「じゃあ、今度、ペネロープに頼んでみる! あとね……」
沢山の事を報告をしてくる娘
明るく答えるが、その声は電話の終わりごろになると不安なトーンに代わる。
「心配するな。 お前はちゃんとご飯を食べてちゃんと寝て、大好きな歌を歌って、待っててくれ。 昨日教えた歌は覚えてるか?」
「……うん。」
「じゃあ、パパに聞かせてくれ、ロッシのおじさんもここにいるから…… スピーカーで聞かせてくれるか?」
「うん! 昨日はUNDER THE SPREADING CHESTNUT TREE ……大きな栗の木の下で…… だったよね?」
♪・・・・・・・・♪
Under the spreading chestnut tree
There we sit both you and me
Oh how happy we will be
Under the spreading chestnut tree.
大きな栗の木の下で
あなたとわたし
仲良く遊びましょ
大きな栗の木の下で
♪・・・・・・・・♪
スピーカーを通して流れる声。
英語と歌で見事な音程。
(本当は電話をしている余裕はない。それでも赤井は、子供の不安を取り除く為、童謡を教え、翌日聞く事でつなぎを作る)
「見事だったよ。―…… 君は本当に歌が上手だ。 アメリカに戻ったらおじさんの為に1曲歌ってくれるか?」
「うん。いいよ! 何がいい?」
「そうだな…… フォスターの Beautiful Dreamer をリクエストしておくよ。 フォスターはアメリカ民謡の父とも呼ばれた作曲家なんだ」
「……分かった!」
「楽しみに、しているよ……」
「パパ! ね、今日は何を歌ってくれるの?」
「今日はー…… そうだな Toys Dance The Cha Cha Cha ……玩具のチャチャチャ にしようか。タブレットで検索してごらん?」
「えーっと…… 一寸待って。 んっと…… 検索検索っとー…… 見つけた!」
そして、受話機を通して童謡を1曲、赤井が唄う
♪・・・・・・・・♪
Toys dance the cha cha cha
Toys dance the cha cha cha
Cha cha cha dancing dancing cha cha cha
All night the little stars are dancing in the sky
After all the kids are in bed closing their eyes
Toys jumping from the box sing la la la
Look at them dancing to the cha cha cha
空にキラキラお星さま
皆すやすや眠るころ
玩具は箱を飛び出して
踊る玩具のチャチャチャ
なまりの兵隊 トテチテタ
ならしてこんばんわ
仏蘭西人形素敵でしょ
花のドレスで チャチャチャ
今日は玩具のお祭りだ
みんな たのしく 歌いましょう
子羊メーメー 子ネコはニャー
小豚ブースカ チャチャチャ
空にさよなら お星さま
窓におひさまこんにちは
玩具はかえる玩具箱
そして眠るよチャチャチャ
Toys dance the cha cha cha
Toys dance the cha cha cha
Cha cha cha dancing dancing cha cha cha
♪・・・・・・・・♪
英語と日本を取り混ぜて歌う。
2回歌えば父親と子供の2重奏。
ロッシはスピーカーから流れる声に笑みを浮かべる。
「今日は此所までだ ー…… また、明日、聞かせてくれ。」
「うん! ね、秀パパ! 明日は桜が宿題を出していい?」
「それは勘弁してくれ…… 赤点になる。」
赤井は顔を引きつらせる。
「難しい歌とか出されたら覚えきれない。」
「うーーー パパと The Phantom of the Opera 歌いたいのに」
「白旗を上げていいか? オペラ座の怪人は無理だ」
「じゃ、コーラスラインは?」
「……白旗を掲げる」
「えーー!! じゃあ、えっと…… ライオン・キング!」
「辞退させて頂こう」
赤井は速攻で答える。
「ミュージカルやオペラはパパには無理だ」
電話を聞いていたロッシが声を出さずに肩を震わせて笑っているのが目に入る。
「つーまーんーなーいー!! いつも童謡ばっかーー!!」
電話の向こうで拗ねる声がする。
「分かった分かった! じゃあ、明日は童謡以外のを選んでおく。 降参だ。 アメリカに帰ったら沢山、ミュージカルを見に連れて行ってやる。それで勘弁してくれ……・ な?」
「やー! パパと歌うのが先!」
「桜……」
「早く…… 早く、帰ってきて……」
「ああ…… 出来るだけな……。 …… もう寝る時間にだろ?」
「うん……」
「お休み…… 桜」
「おやすみなさい……」
赤井は受話器を切るとほっと息を付いた。
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